OUR DAYS2008年2008/8/25

先週のある朝、出勤してすぐに、タローが玄関に向かって激しく吠えた。めったにないことだが、前の通りに大きな犬でも通ったのかと気にもとめなかった。準備を終えて、一服しようと、表に出たところで原因がわかった。玄関の脇に出しておいたディレクターチェアから、筒型の灰皿が盗まれていたのだ。

確かに、お盆休みに買い換えた真新しいものだが、800円くらいで、すでに数日分の吸い殻入りである。二間ほどもあるタイル張りポーチの一番奥、全面ガラスの入り口の脇から、犬に吠えつかれながらの犯行だ。その勇気とセコさに舌を巻いた。

思えばタローは、見知らぬ人でも、自分に好意を持って近づく人には決して吠えない。世間知らずのわりには案外しっかりしているのかもしれない。タローにはご褒美ジャーキーをやり、子どもたちには自転車の鍵をちゃんとかけて、不審者に注意するように言った。

そんなことがあって、いささか過敏になっているところに、今日の授業中、外国人の若い男が玄関から中を伺っている。明らかに不審だが、ボクが気づいても逃げる様子はない。どころか、外から何か訴えるような視線を送ってくる。


近くにインド人学校があるために、最近この辺にはインド人が多いのだが、彼らは地域になじもうとして、とても社交的で礼儀正しい。今年は3人のインド人が町会の役員になって、深川のお祭りにも積極的に参加したことが全国ニュースに流れたので、ご記憶の方もいらっしゃろう。間違っても、トラブルを起こしたりしないし、まして灰皿を盗んだりはしない。

ボクがドアを半分開けると、インド人らしき男は必死の形相で

「でんとーいたい。」

と言った。

「?」

まるで、すがりつく勢いだ。さすがにたじろぎ、子どもたちの安全を考えて躊躇したとき、横について来ていたタローが目に入った。男をじっと見ていたタローが、ぱたり…ぱたぱたぱたと尻尾を振り始めた。

この男は悪い男ではない。ボクはタローの判断に賭けて、男を招じ入れた。

「もう一回、言ってくれ。」

男は自分の口を指差しながら、再び繰り返した。

「デントー(dental)、いたい。」

そう、ボクの教室の隣は歯医者さんなのである。

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