せっかく新宿で外食だったのに、お腹がすきすぎて、待ち合わせた地下街を出たとたん、味の時計台の誘惑に負け、ディナーはラーメンになってしまった。
←いつも待ち合わせるサブナードの小さな水槽
塩ラーメンをすすりながらなおみが言う。
「感動して何回も泣いちゃった。」
味噌ラーメンにバターを溶きながらボクは聞く。
「いったい、どういうところで感動するんだ?踊りが美しすぎるとか?」
なおみがひとりで見てきたボリショイバレエについてである。
「最初はね。王子さまの舞踏会の明るいシーンがあって、暗転したあと、急に静かな森の湖になるのよ。そこでまず、ジーンときて…」
「な、なんとストーリーなのか!」
「ちがうのよ。コール・ド・バレエといって、なんていうか大事な群舞シーンのことなの。」
「ふーむ。定番、お決まりの名場面というところか。」
「ま、まあ」
「なるほど、分かった!つまり、雪の本所吉良邸で、朱柄の采配一閃、四十七士が一糸乱れず討ち入るお約束のシーンっていうところだな。どんどんどんどん…」
内蔵助気分のボクの後ろで、店員が困ったように立ったまま、山鹿流陣太鼓の終わるのを待っていた。
「オマチドサマデシタ。トケダイギョウザノカタ」
「ああ、すみません。ここに置いてください。」
最近、東京の飲食店では、やけに外国人の店員さんが多い。礼儀正しく愛想もいいが、店員同士が交わす韓国語が耳に入ってきたりすると、ご当地ムードを味わいに来ている客にとっては興ざめである。
「なるほど、なるほど。確かに何回見ても討ち入りのシーンが来ると、感極まって涙が出るよ。コール・ド・バレエも、それと似てるわけだ。」
「ま、まあそうね。」
この「そうね」に、なおみの成長を見る。以前ならば、あきれて絶句するところだ。ところが仕事柄、誰かに何かを理解させようとしたならば、高いところからの視線ではなく、自ら相手の水準まで降りていって、少しずつ引き上げていくしかないことを経験の中で学んできた。
「まてよ。クライマックスとは違うから、増上寺畳替えってとこか…。生ビールのおかわり。食券買ってきてくれ。」
「ぱんぱかぱかぱかぱぱぱぱぱーん♪」
「ちょ、ちょ、ちょっと待った待った、踊りながら販売機に行くのはやめてくれ。」
「各国の王女さまの入場よ。音楽が変わって、そこにオディールも登場するの。ばぱぱぱぱんぱかぱぱぱぱぱーん♪」
「なるほど、さしずめ刃傷松の廊下だな。」
←帰りに通ったイルミネーション
「解釈の違いで、王子さまはオデットだとばかり思って求婚してしまったという演出と、わかっていながら、魅力に抗えなかったというのと、色々なのがあるのよ。」
「完全に胃の腑に落ちた。よし、次にいいのが来たら、オレも観に行くぞ。…ぷはー(ビール)。」
「ええ?」
「ニンニク、入れるか?」
「う、うん。」
と、言うわけで、来年あたり、ボクはバレエを見に行こうと思う。既往を顧みれば10年ほど前に劇場の照明が落ちた途端爆睡し、高いチケットをパーにした思い出がある。実現すればそれ以来の挑戦である。