OUR DAYS 2009/3才2009/5/11

「鹿よけの網を借りたがら,今度来たとき張ってよ。」
「了解,了解。日曜日に行くよ。」

母からのメールに返信しながら,ボクはしめしめとほくそ笑む。

連休中になおみがプレゼント用のオシャレな扇子を買ってきたので,日曜はもともと顔を出す予定だった。鹿よけネットも想定内だったし,母からの依頼で出かけたとなれば,もったいも付くというものだ。義母も誘って愛犬の遊びがてら行けば,いっぺんに母の日が片付いてしまう一石二鳥ならぬ三鳥。

こうした思惑を腹に土曜の終業後,義母と待ち合わせて深夜の中央道を八ケ岳に向かった。翌朝,快晴の空の下で軍手をはめる。さーて,鹿よけネットと言ってもたかが家庭菜園のこと,せいぜい20mくらいだからさしたる力も要らない。うっしっし。これで孝行息子の図とはおいしい限りである。と,準備体操なんかしてるところに,母がもみ手しながらやってくる。

いやな予感。

「ついでにちょっと頼みがあるんだけど…」

予感的中。

「お隣さんがもらった土を5,6杯分けてもらうことになったんだけど,裏の三角地帯に運んでよ。」

5,6杯と言ってももちろんコップではない。しかも運び込む三角地帯というのは,小さな池の対岸で,渡した角材の上を通すにはかなりのネコ(一輪車)のコントロール技術が必要である。いた仕方ない。ボクは力を振り絞ってエキストラな力仕事をこなした。

←ついでの土運び

「それから…」
「まだあるのかよ!」
「えっへっへ」

ヒメリンゴとかいう木が寿命で枯れたので新しい苗を買ってきたんだそうだ。

「やめようよ。リンゴの栽培はプロに任せようよ。」
「そういうリンゴじゃないんだって。」

しらべ荘の庭は客土した表面こそキレイだが,下は河原のような石の層になっている。木を抜いたり植えたりするためには巨大なバールを使ってひとつひとつ石を起こさなければならない。

←抜いた枯れ木の隣りに植えたヒメリンゴ

そうこうするうちに,鹿よけネットを貸してくれた菊池華田のご夫婦が設置の手伝いに来てくれた。それではあまりに悪いので,設置方法を教えてもらって,午後の仕事とすることにした。


義母と妻はひたすら庭の雑草抜き作業に熱中している。去年まで庭や畑を母と一緒にしていた父は体の具合が悪くて全く作業ができない。母の自慢の庭も花が少なくて寂しいのだ。


せめて雑草をキレイにしようとなおみと義母は考えたのだろう。こりゃのんびり,おいしいどころかタイヘンなことになってきたぞ。

ボクは炎天下の穴掘り作業で目眩を覚えながら,滝のような汗を拭った。


「とっくんとっくん水を飲む」

大関松三郎の詩を鮮やかに思い出す。やかんから水を飲むのがこんなに美味しいなんて。

昨夏,菊池華田のトウモロコシ畑で見たネットは低い支柱にダルにたるませた網を回してあった。タヌキなどの小動物は,たるんだネットが足に絡むのを嫌うのだそうだ。

「鹿よけには高い支柱にピンと網を張るんだよ。」

菊池さんのアドバイスである。たるませるよりは簡単だがそれはそれで結構技術がいる。何しろ初めての作業である。絡まないようにネットを展開するだけでも神経を使う。イボタケと呼ばれるプラスチックの支柱は滑りやすいので,縛る部分にはビニールテープを巻いてみた。

←鹿よけネット完成

「次は…」
「な,何ぃー!!」

ハウスにビニールをかけるタイミングは今日しかないって。むちゃだよ,もう体が動かない。

「いいじゃない,ついでよ。」

ついでの方がよっぽど大仕事ではないか。

レタスのおじさんの指導で,ハウスを立てる技術を持っているはずの父は認知症がまた少し進んで,作業どころか方法を説明することすらできない状態だ。母の出してくる部品を見ながら自分たちで考えるしかない。どうしても手順が前後して,手間がかかる。

マニュアルなしでハウスを組み立てた人も珍しかろう。

←ハウスも立てる

芝生に大の字にのびて荒い息をする息子(ボク)のそばに,またしても母が寄ってくる。

「ねえ,そこにギボシがあるでしょ。」
「ない。幻だよ。」
「あるの。」

 

ギボシとかいう君の悪い名前の草を,株分けするから,根が傷めまないようにおこせと言う。タイトな場所にある上に,

「あ,そこは○○が植わってるから踏まないで!」

と,足場も制限が多い。

←おこしたギボシ

午後3時過ぎ,あわれ孝行息子はようやくおこしたギボシの脇に倒れこんで力尽きた。

「おふくろー!確か今月は子どもの日ってゆうのもあったはずだよな!」

夕飯は母のおごりで茅野の居酒屋に行った。一人飲めない母が,帰りはみんなを乗せて運転した。

来年80である。父の介護をしながら,畑も花壇もハウスも一人でやる気のようだ。

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