OUR DAYS2010年2010/6/27

もうかれこれ3週間ほども煙草を吸ってません。薬も全然飲んでません。

水辺で一人遊びするタローを眺めているときも、会心の鉛筆デッサンが仕上がり間近なときも、キャノンのQRセンターでわからんちんの店員と言い争ったあとも、なおみが作った何とかケーキのアイスクリーム添えチョコレートかけを食べたあとも、日本代表が早々と先制した試合のテレビを見ていても…そりゃあ、ちょっとは吸いたかったけど平気でした。

予定通り、禁煙は成功したようです。

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小さい頃、ジャイアンツの王選手が長嶋選手に火を貸している写真を見ました。以来、煙草の火を分け合うことは友情の象徴でした。

「赤い…」シリーズのひとつで、悪の組織に狙われる百恵ちゃんを陰で守り続けた松田優作さんの体は末期癌に犯されていました。恋人の中野良子さんが、河原で倒れた優作さんを膝に抱き、口移しで最後の煙草を吸わせました。これまで見たドラマの中で最も官能的なラブシーンです。

神業のような手術を成功させたブラックジャックは廊下の長椅子に仰向けになり、天井に向かってうまそうに煙を吐きます。真の男は大仕事を終えてガッツポーズしたりはしません。

司馬遼太郎も宮崎駿もチェーンスモーカーで有名です。クリエーターやアーティストは煙の中で創作するものだと思っていました。レコードジャケットではリンゴスターも吉田拓郎も紫煙の立ち込めるスタジオで鋭い視線を楽譜に注いでいたものです。

ボクの青春時代、世の中は真っ直ぐな経済成長期。その反発からでしょう、若者たちのヒーローはみな斜に構えて煙草をくゆらせながら体制を批判していました。ボクたちはそれに共感し、あこがれて、髪を伸ばしました。煙草をくわえて少し猫背で街を歩きました。くわえ煙草の会議で米帝や反動政治を批判し、反核、平和運動への取り組みを総括しました。およそボクの青春時代は煙草とともにあったのです。

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ところで医者に処方してもらった禁煙補助薬は恐ろしく効きます。テレビコマーシャルで舘ひろしさんも受診されてたやつです。

「シュウ、タカさんも禁煙するってよ。」

…、なおみは舘ひろしさんのことをタカさんと呼びます。薬は血液中でニコチンと同じ働きをするそうですが、そればかりではありません。服用すると軽く嘔吐感を感じ、喫煙によってそれが増大するものだからたまりません。試用期間はそれでもまだ10本を越えていた煙草が、服用量を基準値にした途端、5本、2本とたちまち減って数日で0になりました。

一週間分の薬は10日過ぎても数錠残っていて、もう薬の力がなくても我慢できそうでしたが、ボクは迷わず医者に行き、さらに2週間分を処方してもらったのです。

10年前に禁煙したときは、ガムの噛みすぎでこめかみを傷め、ティッシュを喰いちぎりながら耐えました。もう禁煙ごときにあんな根性や意志の力を発動するのは真っ平です。

8週間分までは保険が適用になるとのこと。ボクは薬局で薬剤師に尋ねました。

「今回は3週間分だけ使って、残りの5週間分は次の禁煙の機会に取って置くのってあり?」

若い女性薬剤師は洒落たジョークだと思ったのでしょう

「うふふふふー、やだー、知りませーん。」

と、業務外の笑顔で応えました。いや、全然冗談じゃなくマジで聞いてるんですけど…無粋かと思ったのでそこまでは言わずにおきましたけどね。

禁煙は青春時代との決別です。まるで喫煙者を犯罪者扱いする現代社会にボクは屈服することにしたのです。清潔で無菌で無臭…空間はそうあるべきとする現代社会で将来老後を送らせてもらうためにです。

そしてボクたちの世代が過ごしたあの時代とともに…ジッポーの着火音、フォークギターの音色、シュプレヒコールの声、甘い缶コーヒーの味、カストロールの焼ける匂い…それら意味と輝きを失ったものたちを心の中に葬るのです。

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