OUR DAYS2014年2013/9/1

タローは水が飲みたくなると、流しに行って真っ直ぐに蛇口を見つめたままじっと立っている。誰かがそれに気づくまでずっと立っている。決して声は出さない。

エサをねだることもない。ボクがついついお菓子などをやってしまうので、ボクらのお茶の時間などにはテーブルの脇まで来て待っていたりするが、エサはそれとは別だと思っているようだ。

休日がなかったせいで体調を崩しているのはなおみだけではない。タローの便がここのところちょっとゆるくて心配していたのが,朝の散歩で完全に下していてエサを抜くことにした。

タローの主食はドライフードを熱湯で油抜きして少しふやかしたものだ。準備を始めれば、スキップして着いて回るが、エサの時間に催促することはないから忘れることもある。だから一食抜けるのには慣れている。だが朝に続いて昼も二食抜くと、さすがに空腹を耐えきれなくなると見えて、ボクたちの見えるところに来てステイ(おすわり)し、なるべくいい姿勢でじっと見つめるというアピールに出る。


タロー,きょうは忘れてるんじゃないよ。お腹こわしてるから食べられないんだよ。

…小首を傾げるだけで,その意味はわからない。体調が悪いことは感じているのだろうが,それとエサ抜きが結びついていないのだろう。しばらくステイを続けてもエサがもらえないとわかると黙ってしょんぼりハウスへ戻っていく。

ふと気づくと,今度は誰もいない玄関のドアに向かって,まっすぐに立っていた。

これは稀有なことだ。ふだんは散歩をねだることも決してない。そもそも散歩が好きではない。ただ,ボクやなおみが出掛けるのには着いて行きたいだけだ。だからワントゥ(排泄)に連れ出すときも,置いていく勢いを演じて,玄関を出たあたりから呼んで,ようやく仕方なさそうに立ち上がる。家の近くの遊歩道散歩には,もう全く刺激や楽しみがないらしく,用を済ませたらとっとと家に帰ろうとする。子犬のときにしつけたからか,それともキャストしたためか,小出しにマーキングして縄張りを回ることもしない。

そのタローが散歩をアピールするのだから,これはかなりの緊急事態である。急いでリードをすると,一目散に遊歩道に走っていく。ウチにも小さな庭があって,苦労してワントゥしやすい環境を作ってある。どうせ散歩はしないのだから,いつも庭で済ませてくれると助かるのだが,潔癖症の彼にはどうも距離的に近すぎてダメらしい。

犬は汗をかかないけれど,まるで脂汗を流しているかのように必死の面持ちで遊歩道に着くと,果たして苦しそうに下痢便をする。そんなに苦しかったのならせめて玄関で一声鳴けばよいのに…。だが人よそのわけを問うなかれ,どんなに痛くても声をあげないのがレトリバーなのである。だから面白半分か,犬嫌いなのか,いかなる理由からかわからぬが,盲導犬をフォークで刺したあの犯人の行為をボクは憎むのだ。彼の心が腐っていないなら,半日,レトリバーと過ごしてみるといい。きっと犯した罪の深さにおののくことだろう。

大型犬の下痢便はもの凄い量と迫力であるが始末はタイヘンではない。なぜなら粘膜質の袋のようなものに包まれているからである。ぷにょぷにょと大きなその袋をこわさないようにそっとおサンポくん(紙と塩カルの袋を組み合わせたグッズ)に取ればよい。粘膜に血がべっとりと混じることも頻繁である。初めて見たときは驚きの余りそのまま病院に直行したほどだ。今はさすがに慣れた。今日のこの程度なら病院からもらってある薬を飲ませて,もう少しエサをがまんすればいい。


はい,お口をあけて~



あーん



はい,ごっくん♪

これを二度,繰り返す。

薬が効いたのか,それから一時間ごとに散歩を促すが行こうとしない。もう下してはいないようだが,不憫さに耐えかねてボクがこっそりやったチーズは庭仕事をしているときにもどしてしまった。だから体調は回復していない。調子が悪いのに庭に出てこなければいいのだが,本人(犬)は,打った枝や抜いた雑草を集めたところをしきりに歩き回って,庭仕事を手伝っているつもりなのである。

夕方のワントゥは小だけで下痢は止まった。食べてないので,さすがにふらふらと力が出ないようで,玄関の上がりかまちを登ろうとしてへばった。なおみはエサを半量食べさせることを主張したが,ボクは昼間のチーズもどしでびびってしまっている。協議を経て,

「炭水化物だけを与えよう。」

という結論になった。

古いのがあるのに,わざわざ駅前のパン屋まで焼きたてパンを買いに行く。


←ばーか



タローはパンが好きである。もちろん,なおみがパン好きだからである。


食べやすい大きさにちぎって与える。
そもそも臼歯がないので,パンはとても食べにくいはずである。

味わいながらもさもさ咀嚼している。

夜,ボクたちがベッドに入ると,とっくにハウスで寝ていたタローがむくりと起きてきてベッドの脇にステイした。黙ったまま,いい姿勢でじっとボクたちを見あげる。

ごめんな。忘れてるんじゃないんだよ。今日は食べられないんだよ。二人でかわるがわる頭や首を撫でる。どこまで理解しているのかはわからないが,エサがもらえないことは分かったようだ。その場に崩れおちてそのまま寝てしまった。

早くよくなれ,オレのタロー

違くてあたしのタローね。早く治ってね。

消灯

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