OUR DAYS2015年2015/1/19

「そんなに腰が痛いんなら,私のマッサージさんに行きなさいよ!」

図々しくも母が言う。なぜ,図々しいかと言うと,それは商店街にあるなおみが行きつけのマッサージ院だからである。なおみは高校生のときから背中の張りが激しく,ここ数年は仕事が忙しいこともあって定期的にマッサージを受けないとたちゆかないようなのである。昨年偶然に見つけたお気に入りの院を母に紹介したのは他でもない,母が膝のリハビリに通っている病院の施術師とケンカして困っていたからである。

「お母さん,新しいリハビリの先生が見つかるまで,とりあえずあたしのマッサージ院に行ってみますか?」

…と,いうわけで,母は数日前に初めてその院に行き,医院とはうって変わったサービスの良さにすっかり気に入った。すると,たった一度行っただけで「私の」マッサージと所有格である。図々しいというのはそういうわけである。

一方,腰痛についてはベテランもベテラン,25年来付き合っているボクは痛みが激しくなったときには決して動かしたり,もんだりしてはいけないことを重々承知であったはずなのである。それがつい「母の」マッサージさんに行ってみようかと思ってしまったのは,どうも,今回はいつものぎっくりとはちょっと違って,足の痺れがひどかったからなのである。実は先日のドームの帰りも氷雨の中,右足が痺れてほとんど力が入らずに難儀した。

「いらっしゃませー!!!ようこそ!!」

訪ねてみると予想通り…柔道選手あがり,まだ怖いもの知らずの小僧が自信満々,張り切りボーイ状態で経営する院であった。看板や内装はピンク色である。「しまった」と思ったが遅かった。問診票を見た受付のお姉さんが目を丸くしてボクを見た。

「ああ,あのぉ,奥さんとお母さまの…」

はあ,その夫で息子です,はい。どうぞよしなに…覚悟を決めて台に乗ると,屈強そうな院長の相棒らしき若い施術師が担当についた。

「なんたらの何番のほにゃららいくつ,ほにょろろいくつ…」
「はい!!」

症状を聞いた院長の怪しげな指示に従って施術開始…もみもみもみもみ!!ぐゎしぐゎしぐゎしぐゎし!!

ほえええええ!!ひいいいいいい!!

…もみもみもみもみ!!ぐゎしぐゎしぐゎしぐゎし!!次!!電気びりびりばっこんばっこん!!

電気びりびりばっこんばっこん!!で,またもみもみもみもみ!!ぐゎしぐゎしぐゎしぐゎし!!

「ストレッチします。はい,いーぃっち!!にぃーっい!!」

手を引かれて寝台の上で,後屈,前屈,後屈,前屈…

「じゅぅーっはっち!!じゅぅぅぅぅっく!!にぃーぃぃぃじゅ!!はい!お疲れさまー!!」

白目をむいていたかもしれない。が,院長には「効果あり」と映ったらしい。にんまりしている。

「今夜あたり張りかえすかもしれませんけど,がんばってあしたまた来てください。」

…むりだろう。あしたは立てない。そう思ったがなおみの通う院である。笑顔で礼を言って帰った。

その日,のびのびになっていた母のおごりの快気祝いを豪勢にしようと,ソラマチのトリトンに出掛けた.帰りの満員電車の中で立っていられなくなってしゃがみこみ,なおみと母を立たせて崩れるように席に座った。母の心配こそ激しけれ,胸がつぶれそうな様子でおろおろしている。

「あした,マッサージに行ったら文句言ってやる!!」

い,いや,お母さま,それはちょっと…。うぐぐぐ(激痛に耐える声)。わたくし,数えならもう,うぐ…55でございますれば。

翌朝,ボクはベッドから立ち上がれない。全身が筋肉痛で熱っぽい。腰痛のときに限らず,慣れていない者がいきなりスポーツマッサージや整体を受けるとたいていこうなる。そして午前中,マッサージから帰ってきた母が言った。

「ばちーんと言ってきてやったわよ!院長つかまえて,あんたね!息子はベッドでうなってるって!飛び上がって驚いてた。今日は安静にしてください。あしたの朝,ウチまで出張してくるって!」

ば,ばちーん(;^_^A

「…お母さん(;^_^A」

なおみの嘆きはもっともである。これは一般的客観的に見て夫はマザコンである。それがいきつけの院にばれたという状況である。

その日はなおみを先に出勤させ,ぎりぎりまで寝ていたので,どうやら快方に向かい,その翌日はジムに行くまでに回復した。筋トレは腰痛が出ているときでも椅子がサポートしてくれるので可能なのだ。マッサージ院には,後ほど伺うので出張はご無用と母に連絡させた。まだ足に痺れがあったので,ウォーキングはやめて帰った。この日が,1月中,ボクの最後のトレーニング日となる。

せっかく良くなりかけているのに…ボクは気乗りしないままマッサージ院のドアをくぐった。妻のためには,どうしても直接釈明して,夫がマザコンではないことを証明しなければならない。

「いらっしゃいませー!!!!大丈夫ですかー!!!」

スタッフ一同,平身低頭の出迎えを受けた。いったい,母はどんなふうに言ったのであろう。ボクの担当師はおろおろと困り果てている。ここは腕まくりしている院長の顔を立て,彼も安心させてやらねばならないだろう。

やれやれ…とほほほ,とんだことになった。

張り切り院長が斜め上を向きながら説明するには,ボクの背骨にはS字のカーブがなく,すとんとストレートになっていて,力を吸収できなくなっているとのこと,それはそうだろうが,四半世紀のストレート状態である。そう簡単にマッサージでほぐせるものでもない。

「最初は軽~く,時間をかけて徐々にS字を作っていきましょう。」

満面の笑顔で規定時間の倍ほども入念にマッサージしたあと,電気はやめたらしく,鍼を射ち,数箇所に置き針もした。それから足から背中にかけて,ミイラ男のようにテーピングされた。

帰宅すると,こちらもいてもたってもいられない風情で待っていた母が,

「どうだった?」

…と,聞くので,仕方ない,そっと揉んでもらったので少しよくなったと答えた。

「よかったあ。これから私が院長にお礼言ってくる!」

ま,待て!!待ってくれ!!どこの世界に,54才になる息子に代わって,84才リハビリ中の母がてくてくお礼に出掛けていくなんて話があるか!!

…さすがに今度は真顔で止めた。

しかし,おそらくこのときの鍼かテーピングが悪かったのではないかと想像される。2月4日現在,立っていられるのは1分まで,歩行距離は30メートルが限界という過去何度しか経験のない最悪級の腰痛と足の痺れに襲われている。

その状況のまま,ボクの仕事は一年で最大のヤマ場に突入した。痛みと痺れが走ると,その場でうずくまり,激痛の波に2,3分耐えればまた仕事はできる。タロー散歩も掃除も教材の準備も,立ってやることはすべてなおみがやっている。きのうの夜など,なおみもアルバイトの女の子もきりきりまいまい仕事に追われていたので,コピーを自分で取ろうと思ったところが,「きーん」と突き上げるような痛みが来て,床に這って悶絶した。だが,この状況にも慣れた。とにかくこうして安静にしていれば,少しずつよくなっていくはずだ。

暮れに発症した耳ぽんぽん病も治る気配がない。だが,受験生たちは意図的にボクのマインドコントロール下に置いてあるので,このカリスマ役だけはなおみに代わってもらうというわけにはいかないのだ。…あと,3週間。

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