OUR DAYS2016年2016/8/2

「眼球の外側にシリコンの粒を埋め込むと,剥がれた網膜が,眼球の押される圧力に反応して元に戻っていくことが知られています。」

あまりお友だちになりたくないタイプの執刀医はぼそぼそと,しかし内容は明快に図を使いながら手術の説明をした。

「場合によっては眼球の内側に空気を入れてそれを補助する場合もあります。眼球が一部小さくなるので,術後必ず近視方向に視力が変化します。」

手術はとてもシンプルで,説明も患者を安心させるに十分だった。空気もシリコンも図では丸い玉ひとつだった。

当日,手術を受けるのはおまけで入れてもらったボクを含めて4人。ボクはもちろんビリの4番目,午後4時30分開始予定だった。だが,3時半に受付に入ったときにはすでに2番目のオペが長引いていることを知らさせ,その次の患者はさらに予定時間をオーバーしたため,ボクは手術着に着替えたまま,小一時間も待つことになった。一時間15分遅れの5時45分過ぎ,手術室に入って点眼の予備麻酔が始まった。

6時前,執刀医による麻酔注射。わずかにうめき声を挙げたが,前日から度重なる検診が,あまりに眩しくて痛かったため,もはや痛みに慣れてしまっていた。手術にはもうひとり,若い女医がアシスタントに入る。執刀医とは別に診察をして,剥離場所を記録,記憶している。

だが,手術は全くシンプルではない。網膜からの連想だが,それはまるで漁師が網の穴を一つ一つ補修していくのに似た細かく根気のいる作業だった。アシスタントの女医と剥離場所を確かめ合いながら,一箇所一箇所,シリコンを糸でくくりつけてゆく。前の患者もそしてボクも執刀医を困らせ,作業の時間を倍加させたのはレーシック手術で切り取られた角膜のフラップがずれる危険性だった。特にボクの目はフラップが不安定で医者に大きな緊張を強いた。うっかり触れてずれたフラップが行方不明になれば即失明だろう。ボクの手術は前の若い女性をはるかに上回り丸々2時間以上を要した。その間,執刀医と女医はずっと同じ作業を繰り返している。いや,ボクが4人目だからのべ5時間半近く行っていることになる。すさまじい集中力だ。

腕は確かに素晴らしいが,勘弁してほしいのはその性格だ。局部麻酔なので,手術中,執刀医とアシスタントの会話は耳元で筒抜けである。

「うー,もうだめだ!気力が尽きた!」

とか

「畜生!!もう一回だ。」

くらいはいいとしても,

「くそー!!フラップが動いたらシナガワ(レーシックのクリニック)に責任取ってもらうしかない!」

「シナガワの医者にフラップ探させましょう!」

患者としてはひたすら二人のご機嫌と気力が持つよう祈るしかない。

午後8時過ぎ,不安定なフラップを保護コンタクトレンズでカバーするエキストラ作業を追加して脱力した医者が,手術が順調に終わったことを告げた。そして

「すみませんが,コンタクトレンズを使ったので費用が500円多くかかります。」

と言った。女医は肩で息をしていた。基本的に二人はいい人間なのだ。そしてはっきり言えることは,ボクのフラップの状態で無事手術できる医者は全国的に見てもそうはいないであろうこと,そしてその医者への紹介状をもらえたことはかなりラッキーだったということだ。

手術室を出ると,病院はすっかり真っ暗で,ボクの手術のスタッフ以外は誰もいなかった。

夜8時に終了。

結果は明日早朝の診察でわかります。

今日は横になって寝られません。

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