OUR DAYS2016年2016/8/3

手術が終わったのが8時過ぎ,家に帰ってタローを散歩させてから,駅前の食堂に行ってチキン南蛮&しょうが焼きスペシャル定食を食べた。朝,なおみが合宿に出掛けてからろくなものを食べていなかった。目の検査や手術はたいへんなストレスだったが,体は元気なので,お腹がぺこぺこだった。アルコールもいいと言われたが自重した。なんとなれば,手術で空気を使ったからだ。

「パソコンでもテレビでも何でもいいから顔を前に向けた姿勢でできるだけ夜更かしし,そのまま机にクッションをおいて突っ伏して眠ってください。」

と言うのが,唯一の注意事項だった。チキン南蛮で生ビールを飲ってしまうと夜更かしは難しい。ここのところ乱視がつよくなって不自由な右目で,パソコンやスマホを操作して,言われた通り机で寝た。朝は母に頼んでおいたモーニングコールで目覚めた。6時45分に家を出る。ぴっちりテーピングしたガーゼの隙間から血の混じった涙がさらさらともれて来るので手拭いで抑えながら地下鉄に乗った。

寝不足と腰痛の痺れから,壁にもたれかかっていたら,優先席に座っていた白髪の女性が,

「大丈夫ですか。すみません,お加減が悪いのに気づきませんでした。どうぞ座ってください。」

と言いながら立ち上がった。ボクは目の手術をしただけで,体は元気だから平気である旨を主張し,女性の肩を抑えて座らせようとしたが,彼女は意外に力強く,押し問答の末,結局どすんと座らされた。左は若いOL,右は学生らしき男だったがそれぞれスマホに集中していて,一瞥の関心も示さない。

開院時間には程遠い病院に着いて,指示通り裏口のインターホンを押すと,スピーカーから聞こえてきたのは執刀医の声だった。受付も暗く,前日手術を受けた患者だけが前後して同じように裏口から入ってきた。

自らの作品を見るように,満足げにボクの目を診察した医者は経過は非常によく,心配したフラップも安定していると告げた。言葉遣いも何だか親し気になっている。

「あなたは痛みに弱いですね。」

なぜ,バレたのだ,じっとがまんして隠していたのに。…涙の量がふつうの人の3倍くらいあるので…わかったらしい。

「ふつうは,かさぶたの血が溶けて,2.3日は涙に血が混じるのですが,あなたはもうすっかり流れてしまっている。」

驚いたことに,アシスタントの女医までが隣の診察室に待っていた。7時半である。どういう勤務体制かわからないが,彼女もゆうべ仕事が終わったのは8時半を回っていたはずだ。そして同じく共同制作の作品たるボクの手術跡を診察して目に満足げな微笑を浮かべた。

さらに驚いたのは彼女の口から出た今後の注意事項である。

以下が執刀医とアシスタント女医の話した驚きの注意事項である。

禁止事項

1. 眼帯

2. 安静

3. 洗顔…二週間

4. 洗髪…専用眼帯,水中眼鏡装着または目を保護した姿勢で誰かに洗ってもらえば可

5. 土いじり

6. 仰向け…これは網膜回復に空気を用いた場合に限る。残留する空気が仰向けによって水晶体の裏側に集まると白内障を引き起こすから

厳守事項

1. 目薬

2. 目の運動…痛くても翌日から開始して長ければ半年。筋肉が衰え,左右の調整機能に障害が出て,モノが二重に見えるようになった場合,治療不可能。

推奨事項

1. パソコン,テレビ,ゲームなど目を動かすもの

2. できれば今日(手術翌日)午後からの仕事復帰

制限を設けない事項

1. 飲食物

2. アルコール…禁止事項を忘れるほどの泥酔にならなければ無制限

3. 運転…視界,視力から自己判断

要は通常生活して目を使えということだか,痛くて痛くてこれがなかなか手強い。

最先端医療の欧米で採用されるスタンダードだと言う。この手練れ医者の言うことなので信ずるに足る。さらに自ら作成したA4一枚の文書にこれらをまとめて患者に渡している。そこには緊急連絡先として自分のプライベートの携帯電話番号が記されていた。お盆休み中でも異常があれば躊躇なく電話しろと言う。自信の裏返しでもあろう。

運動や洗髪方法などの具体的説明は女医による。

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