偶然休日だった弟が車で病院に迎えに来た。経過が悪かったときのことを考えて頼んでおいたのだ。
「おう,具合はどうだ?」
「経過良好。すまんがこの足で三国峠までオレとタローを連れてってくれ。」
「え?三国峠ってどこだ?」
「どこもここもない。三国と言ったら上信越の三国に決まってる。関越トンネルの上だ。行き先はビミョウに新潟県」
「バカ言ってんじゃないよ。仕事でほとんど徹夜明けなんだから。」
「片道ほんの4時間だ。」
「冗談だろ。だいたいオレはこれからシンゴジラ見に行くんだよ。今日しかチャンスないんだ。ほら,チケットも買ってある。」
「よし,仕方ない。そのチケット代はオレが負担するから破棄しろ。ほら,車出せ。現地滞在時間は30分でいい。高速はオレが片目で運転するから寝てればいいよ。」
「バカじゃねーの。帰る前に名前が戒名になっ…」
「頼む!」
「…マジかよ。」
結局,運転は夏休みでゴロゴロしていた甥っ子がした。
「夜11時からバイトなんすよ。」
「そうか。間に合うように頑張って飛ばせよ。」
この甥っ子,免許取り立てでかなり危なっかしいが,男はこういうときに鍛えなければならない。
三国トンネルを抜け,スキー場から少し下った街道沿いに合宿所がある。
午後2時45分到着。徹夜明けの弟はピクリとも動かない。
勝手知ったるタローが一足先に宿の中に走りこんだ。
たつきは数学の授業中で,なおみは仮眠していた。
子どもたちは驚き,タローは川に飛び込んで,宿の老犬ネーヴェと2年ぶりに遊んだ。
そしてなおみは静かに起きて来てにっこりと笑った。
たった一日会わなかっただけだがその笑顔を見に来た。
都内の渋滞が心配だったので,滞在時間はホントに30分以下だった。
湯沢側に下って,二人にへぎそばをふるまった。
途中で復活した弟が運転を代わり,ようやく安心して眠れる走りになった。東京に帰ったのは8時過ぎだった。
処方されたロキソニンは車中で全部飲んでしまった。