学年が入れ替わる前の一日，空白のように夜の授業がない。母にタローを預けて出かけ，1年間高校部を担当した樹の慰労会を開いた。最近お気に入りのロシア料理店に連れて行った。

昨夏，網膜剥離で中止になるところだった合宿で見事ボクの代理を務めたのも樹だが，高校部では苦労をさせた。リーダーとしては有能でも行動で引っ張って行くタイプだけに講師は向いていないようだ。そこはなおみも同じで，ボクのように口先の弁舌の滅法立つ相棒がいないと難しい。

小4のときから見ていた。志望中学に見事涙の合格を果たし，雨の中でなおみとハグしたのがついこないだのようだ。中2のときだったか「外交官になりたいから東大や早慶を狙える高校を受け直す。」と言って教室に戻って来た。なぜ外交官なのかは知らない。水泳の選手で中体にも出場したし，勉強一筋のタイプではもともとない。いささか中途半端な受験勉強になり，トップ校の合格は果たせなかった。

大学入試ではそこそこ頑張ったが，外交官になるにはまた猛勉強して大学院を目指す必要があろう。本人も迷っている。他の興味も出てきている。それでも初志貫徹，夢を目指すか。…英語を好きになったのにはなおみ先生の影響も少なからず。だから彼にはボクなりに話しておくことがある。

プラハからリンツへ向かう途中の見知らぬ街で宿に困った。インターネットも携帯電話もない頃のこと。町はずれに古い修道院を改築したホテルがあって灯りがついていたので，なおみをフロントに走らせた。安かったがシャワーやトイレの設備は手ごわかったかなぁ。

お腹がすいて地下にあるレストランに行くと…ちょうどこんな雰囲気のところなんだけどさ。いったい，こんなホテルのどこにこんなにもたくさんの客がいるのかと思うほどの満席状態，オンボロのピアノが生演奏されている。メニューは全く読めない。いいか。そういうときはあまりに安いものと高いもの以外から勝負をかけるんだ。安いのはだいたい，たくあんみたいに外国人には厳しい漬物類が多い。高いのはさ，鳥が丸ごと姿煮になってるとか(笑)オレは絵がうまいから，ウサギやヘビなんかの絵に×印，ブタや牛の絵には〇をつけてウエイターに任せるという手もある。運ばれてきたナゾのアルコールをきゅっと飲るわけさ。隣の席に座ってる地元の年寄りなんていつの間にか親友だよ。

外国が好きなら「仕事にしない」って手もある。オレみたいにね。