OUR DAYS2017年2017/12/14

午後になって母が出かけた。母はこの日高齢者運転免許の技能試験日だった。隣の部屋で前夜は遅くまで,そして朝も早くから嗚咽と号泣が繰り返されていたのだから寝不足も極まっていただろう。よく合格したものだ。

ボクとなおみはタローの亡骸の前に並んで座り数日ぶりに部屋で三人だけになった。清潔を保つために暖房をせず,遺体にはタオルに包んだ保冷剤がたくさん敷かれていた。部屋は外気よりも寒い。二人はジャケットを着こんでいた。なおみがボクの腕にすがりつきながら

「タローが死んじゃった。タローが死んじゃった。」

と泣きじゃくった。彼女の笑顔を一生守ると言ったボクのなんと無力なことだろう。やがてなおみはタローの首に縋り付いて泣き崩れた。それは夕べから何度も繰り返されている慟哭と抱擁だった。ボクも手や足をとってさすりながら「ええーん」と子どものように泣いた。なおみが譲ってくれて,今度はボクがタローを抱きしめた。かぐわしい毛のにおいが鼻腔をくすぐる。

…タロぉー。

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タローは冷たくなってもなお眠っているようにしか見えなかった。筋肉は硬直しているのになおみが常にさすっているため,関節はしなやかに曲がった。手入れの行き届いた全身の毛艶はうっとりするほどに美しい。ボクたちはタローが目を開き,この悪夢が覚める幻想を何度も見るほどだった。ネット上には遺体を清浄,保全するための様々な注意事項が上がっていたがタローはとうとうどこからも体液を流すことがなかった。

いったいどこまで手のかからない犬なんだろう。

ただ一度だけ,死の瞬間の苦しさのためだろう,死んだときに小さなフンをもらしていたと,なおみが泣き腫らした顔にうっとりとした表情を浮かべて言った。まるでまだたなごころにそのフンを乗せているかのように形を示した。体調を崩して以来,タローは吐いたり,くだしたりしていた。なおみは毎日,散歩のときに拾うフンの固さや色に一喜一憂していた。そしてタローが最後にしたそのフンは,なおみが待ちに待っていた健康で,固く,ジェリービーンズのような形のそれだったのだ。

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