OUR DAYS2017年2017/12/28

ボクらの教室は卒業生がよく訪ねて来る。進学や就職の報告やときには恋ばな,旅行に行ったお土産を持ってなどなど。中でもいちばんうれしいのは悩んでいるときや苦しいときに思いだして相談に来てくれることだ。

タローが死んだ前の日にマリコは来た。タローは転げて喜び歓迎した。ボクの教え子の中でも屈指の才媛である。難関校に涙の合格を果たし抱き合って別れてから三年が経っていた。やつれていた。フルメイクした顔にマスクをかけ、コートのフードを目深に被っていた。お茶もジュースもお菓子も受けつけないと言うのでボクのとっておきのさんぴん茶を開けて出してあげた。ぽつぽつと語り出した。ふとしたことから高校生活に適応できなくなって,拒食症と嘔吐型過食を繰り返し,やがて対人恐怖症にまで陥り2年近く引きこもっているという。苦しい中でよくボクたちのところにきてくれた。泣きながらでも自己分析しながら訥々と経過を語るマリコは変わらず聡明だった。

ある日、本を読んでいていくら文字を追っても意味が分からなくなったと言う。

「アタシってそれだけは絶対だったじゃないですか」

そう、マリコの国語力は絶対だった。入試問題を解いていてときには教えているボクを凌駕する解答を書いたものだ。

「それが意味がわからなくなって,あ,これはアタシもうだめかなーって…」

その辛さは一緒に勉強したボクならでは分かるのだ。それからふと手に取ったマンガの意味がわかったことから,絵が好きだったことを思いだし,美大受験を目指すことで立ち直ろうとしている。もがき苦しむ中でよくぞ頑張った。しかも知性で乗り切ろうとしている。ボクはマリコを教えたことを誇らしく思った。マリコはさんぴん茶を半分ほど飲みながらたくさんたくさん話した。ボクたちはカウンセリングの専門家ではないから話を聞いてあげることしかできない。最後の仕上げは「一緒にタロ散」である。マナが失恋したときもハルカが部活に悩んだときもタロ散で元気を取り戻した。

タローは尻尾を高く振りながら,なおみとマリコを従えて公園の坂道に出かけて行った。タローの公的な最後の仕事だった。マリコはその日からめきめき回復し,食事も体調も徐々に戻り始めた。今は…

今は教室の冬の講習を手伝っている。丸つけをしたり,女の子たちの数学の質問を受けたりしている。そして見違えるほど元気になった。タローの訃報を聞いて駆けつけたときに仕事を頼んだのだ。マリコ自身が受験生なのだからアルバイトさせるのはどうかとも思った。けれどもどうしても手元に置いて回復を手助けしたかった。マリコが元気になることはボクがタローから引き継いだタローの最後の仕事の達成でもある。

教室は冬の講習に入って大忙し。ボクらも悲しんでいるゆとりがない。今日も間もなくマリコが笑顔で出勤して来るだろう。

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