5月10日/今朝の甲斐駒
まだ寒い。午後から気温は上がる予報。
写真を撮っていると、軽トラのご老人に声をかけられ立ち話に突き合わされて閉口した。15分くらいたっても話が終わりそうにないので、嘘も方便「家を開けっ放しできた」と言ってお暇した。
5月11日/水鏡

山形村あたり
土曜日だがなおみは夜、オケの練習が入っている。それでも送迎することにしたのは水鏡が目当て。
代掻きが終わり田んぼにたっぷりと水が入ってから苗が育つまでのわずかな期間、そして山には残雪、快晴の空、風はなし…以上の条件が揃ったときに安曇野に行かないとなかなか水鏡の北アルプスは撮れない。
風力2の微妙な条件。田の際にしゃがんで水面を見ていると、漣は一面に立つわけではない。浅水波がオイラーの方程式に従って伝わる一方、凪いで鏡になる場所も移動してゆく。その鏡の中に常念岳や蝶ヶ岳が現れる一瞬がある。
矢車菊…欧州からきた麦畑の脅威もすっかり安曇野の初夏の風景に馴染んできた。農家でも駆除をあきらめて休耕地をこの外来種に譲っているように見える。
牡丹咲く古刹(松本市今井)
サクラを写生して以来のお気に入り。ここで人と会ったことが一度もなかったのに、この日は観光客ラッシュ…と言っても車5台ほどだが。お目当ては牡丹の花。今井兼平公の霊を慰めるために咲くという伝説あり。

仕事の終わったなおみを安曇野に連れてきたくて、塩尻から引き返した。

だが、すぐに眠ってしまうし、起きていれば仕事のラインに返信しなければならない。北アルプスの雄大な景色も目に入っていないようだ。疲れさせただけだった。安曇野インターから高速でいったん家に帰り、お弁当を作ってまたオケの練習に下りて行った。
5月12日/植え付け
なおみは午前中出勤。野菜の苗は昨日、安曇野からの帰りに買った。

なおみが帰る前に母を連れて花苗を買いに行く。
「いっぺんにするとタイヘンだから5つまでね。」
…と言っておいたが、「5種類」と理解したようで、
「お、重い。」

カッコウが三度鳴いたら植え付ける…と村では言うらしい。夕方から予報だった雨が早まりそうなので、なおみが帰る早々植え付け開始。

野菜の苗はなおみに任せて、ボクはこちら。ブルーベリー専用の肥料はアルカリ性を嫌うブルーベリーのために酸性に調整してあるらしい。けっこう高い。

ひこばえから育ったブルーベリーが花をつけながら倒れていたので、ブロックで支えて立たせる。

肥料撒きを終えて菜園に戻ると植え付けも終わっていた。

さあ、何が育つかお楽しみ。

ハーブ園にはバジルを植えた。

雨がぽつりぽつり…。なおみは花苗の植え付けを手伝う。

ボクはこちら。

ヤバい。この綿毛が全部飛んだら収拾つかなくなる。

綿毛と花を首ちょんぱして回る。こんなのに鍬を打ち込んだら、綿毛を散らかすようなものだ。ひとつひとつ摘むしかない。

とりあえず手前の庭からタンポポをせん滅した。

なおみはモロッコインゲンの種を納戸から見つけ出し、撒きに行った。
5月13日/青い花を買う
スーパーで青い花を買った。レジは30代くらいの若い女性でにこにこしながら切り口を包み丁寧にテープを貼ってくれた。180cmを超える大男が350円の切り花一つを握りしめて並んでいたのがよほど可笑しかったのか、微笑ましかったのか…とまれ彼女の笑顔のおかげで楽しい買い物になった。今日はタローの月命日。
5月14日/虫ブロック
出勤するなおみに御柱通りあたりまで乗せて行ってもらってウォーキングしながら帰るのが日課になっている。戻ってポストの新聞を取った。

何が提言だ。現代の記事とは思えない内容である。「残業代ない制度 維持」って、女工哀史の時代だろうか。たぶんなおみの退勤は今日も定時を3時間オーバーの20時頃だろう。そして今週も土日の部活がある。なおみをはじめ子どもたちのことを思えばついがんばってしまう教員たちの良心を国家が悪用している。もはや人権侵害の域である。若い人の誰がこんな職場を望むだろう。
ま、いずれにしても改革とか法改正とかは来年の国会審議を経て、施行されるのはまだ遠い将来のことだ。現在苦しんでいるなおみには関係ない。

ホウ酸水を作る。

ホウ酸の溶解度は水温が高くなるほどに二次曲線で増加する。

熱めの風呂の湯程度だと溶け残りがある。80度くらいにすれば食塩と同じくらい溶けるが器具が熱湯には対応していないだろう。

その器具。数年前に殺虫剤を撒くために買った。

おお!快調。ネットの情報に依れば、カマドウマの忌避にはとても効果があるとのこと。期待する。
ところでそのカマドウマ。去年まではこの時期、タイヘンな被害を受けていたが今年はまだ1匹も見ない。いったい何が功を奏しているのだろう。一つは家の周りを1年かけてきれいに片付けたこと。虫の温床になりそうなものはすべて撤去するか遠ざけた。
もう一つは粉末の殺虫剤を春先にぐるりと家の周りに撒いたことだ。

殺虫剤が効いたとすればこの時期に再度施すべきであろう。

家の際や柱の基礎などをこのようにシャットアウトしていく。3kgでちょうど一周…これは備忘録。

二種類の殺虫剤を撒き終えてへばっていると庭の上の方のタンポポ綿毛が目についた。なおみが春に二度、首ちょんぱして回ったあたりだ。難を逃れた背の低い花が草の中で綿毛をつけている。もう腰が立たないので15分くらいいざりながら(←言い換えのしようがない。正座しながら移動する作法も確かいざると言う。差別用語にするのはムリがある)退治した。
5月15日/安曇野行

いつものようにアルプスグリーンロードを北上していると、上高地線の踏切の横にある田んぼが水鏡になっていた。今日は先を急ぎたかったのだが、手が勝手にハンドルを切った。

工場の脇を流れる水路ギリギリに水色ライフを駐車。
はい、いただき。

松本市内を避けて、穂高を過ぎてから東に19号を越えて、東山に登る。この坂はホントに自力で登った。

目的はここ、長峰山展望台。水鏡になる田んぼを一望できると期待して来たが、如何せん標高が高すぎた。

一通り展望を撮って回ったが一人で見てもぜんぜん面白くない。

中腹のお寺に入る道に真新しい石碑や石仏がたくさん置かれていた。観光地化を狙って外した感じである。

でもよく見ると道祖神も石碑もクオリティは高かった。

テンホウで昼食。うっかり昔の調子でどんぶり飯を平らげたらこのあとかなり苦しかった。

いつもの場所に戻る。少し上の道路脇に車を置けるスペースがあったので今日はここから。


思ったような仕上がりではない。

がっくり肩を落として戻っていく…という動画を面白がって撮っているくらいなのでそれほど落ち込んはいない。

トイレだけなら道の駅まで行く必要はない。いくつか借りられる場所をチェックしてある。ここの周辺もいずれ写生する予定だ。

時間調整のために今井神社に寄った。兼平公の館の跡だと言われている。

「琵琶湖畔粟津ヶ原の今井四郎兼平のお墓の土を持ち帰りお祀りしてあります。」
…あ(;^_^Aそういうことね。甲子園の土みたいな(笑)
他に史跡は全くないが館の跡というのは地形から見てどうも間違いないと思われる。

ついでに今井陣屋跡というのがあるようなので探してみると、道の駅から宝輪寺に行くのに毎回通る裏道だった。

民家の入り口。もう少し、きれいにしておいてほしい。F/1.2の50L開放で標柱だけを抜いた。

なおみを乗せて、岡谷の丼丸に急いだ。母が海鮮丼をとても喜ぶので水曜の定番となってきた。

謎の緯度経度標柱の前で1時間半ほどの仕事でした。水鏡に残雪の風景ばかり描いていますが、この2週間だけしか見られない風景です。
5月16日/業務スーパー

霧の中、なおみは「今日は授業でチェロを弾いてみせるんだ」と言って、オーリスRSにチェロとバイオリンを積んでブロロロロと出勤して行きました。

業務スーパーで買った1個当たり税抜き35円のインスタントラーメンを湯がいて焼きそばに仕立てた。天才なので当然うまい。
5月17日/武居城
なおみが疲れ気味なので、退勤時間が遅いのを覚悟で金曜日にも送迎に出た。遠く北アルプスは雲に隠れている。安曇野まで出かけるメリットはないかもしれない。逡巡しながら朝日村あたりでロケーションを物色していると、武居城跡というところにたどり着いた。

興味を覚えた。

現在地から門まで1分くらいだった。これはたいしたことなさそうだと侮って運動がてらちょいと登ってみようと思い立った。

入り口が施錠されていると思ったらどうやら鹿除けの柵らしい。厳重に囲われている。

地図の縮尺に問題がある。たいへんな急坂が待っていた。こんな登山は一昨年の一ノ谷以来かもしれない。

主郭に登頂成功。ちなみに二の丸に置いたカメラのタイマー10秒で帯曲輪を突破して主郭によじ登り平然としたフリをしているところ。

せっかく登って来たのだから、ここでなおみが持たせてくれたおやつを食べることとしよう。

この商品、チョコとクリームの含有率に問題があるように思う。

武居城から下山すると北アルプスの雲が晴れていた。いつもの場所に急ぐ途中、三郷あたりで車の停められる場所を見つけたのでここで写生することにした。

写生のときはベルトを二つ巻く。姿勢をよくするためだ。

北に向いて描いているのでもろに後ろから直射日光を浴びている。5月だが、すでに帽子がなかったら危険な暑さである。

同じ構図ばかりになるが、水鏡と残雪の季節、こうなるのは仕方ない。

途中で休めばいいのだが、どうしても根を詰めてしまう。終わってからふらふらになりながら、お弁当やお茶。
少々熱中症気味となったので二枚目は諦めて穂高駅周辺にロケハンに出た。踏切で大糸線が水鏡。またまた車を寄せて次の電車を待った。特急はどうも絵にならないので、普通列車を狙うのだが、田舎はどこでも一時間に上下合わせて2本くらいしか来ない。料金も高く、駐車場も整備されていないので一般の利用客がどんどん減っている。一方で新幹線や特急を利用してビジネスや旅行をする限られた人たちへのサービスは強化されつむじ風のように途中駅を通過していく。支線はどんどん廃線に追い込んでいく。国鉄民営化とはこういうことだったわけだ。
堀金に戻って道の駅の回りで一眼撮影する。
二人で田植え中の方に矢車菊のことを聞いてみた。
「なーんも」
…大したことないとおっしゃる。
「もう一つ伺っていいですか?」
「知っとることなら何でも…」
「あの爺ヶ岳の左に見える…」
「あ、ワシら山のことは全然分らん。ワシらの山は…(二人声を揃えて)常念だけよ。」
「…ど、どうもありがとうございます。」
中央やや右の尖った峰が安曇野のシンボル常念岳その右は横通岳。
子どもたちは謎のジャンケン遊びをしながら歩いていてなかなか画角まで進んで来ない。はしゃぎ声を聞きながら矢車菊に置きピンして待つ。のどかだな…と思いながら青空を見上げた。ふと戦禍の人々を想う。ガザに平和を。

今日は迎えの時間が遅いので松本空港へやってきた。

駐車場に到着直後、轟音とともに一機飛び立ったので時間が変わったのかとあせった。一人だけヒコーキ撮りがいたので聞くと、
「今のはエプソンのチャーター機だよ。安心しな。神戸行きはまだ駐機してるから。」
…チャーター機(;^_^Aそうなのか。そこまで儲かってるなら顔料インクもう少し安くしろ。諏訪響の練習場にトイレ建てろ。

ジュース買って来た。さっきのヒコーキ撮りはどこに行ったのか姿が見えない。慣れているらしく、ポイントもたくさん持っているようだ。まあ、いいや。センスで差をつけてやる。

松本警察のヘリが着陸。

そしていよいよ最終便、FDA237神戸行が滑走路を疾走する。
いつもボクが1時間余りかけて走る安曇野までの距離を10秒ほどで飛び、軽々と鹿島槍を越えていく。

長い一日だった。これから迎えに行けばちょうどいい時間。
帰宅してから読んだ信毎の記事。





