与謝野公園


February 21st/2021

清水へ 祇園をよぎる 桜月夜
こよひ逢う人みなうつくしき
与謝野晶子

ここまで美しい京都の歌を他に知らない。桜月夜はサクラヅキヨ。字余りでリズムを作って三句切れ。「ぎ」おん,よ「ぎ」るを挟んで,「き」よみず,づ「き」よ,うつくし「き」と軽やかに音韻を合わせながら結句は連体形で読み手の想像へつなぐ。綿密に計算されたテクニック…この歌人はプロ中のプロである。

今使っている国語のテキストにこの歌が引かれている。子どもにわかるように伝えるにはやはりテクニックが要る。「清水」や「祇園」の歴史や光景を教えてから目を閉じて京都の桜月夜を連想させる。さすが手塩にかけている古株のある女の子は頬を紅潮させながら理解を示した。が,次の設問で「みちのくの□のいのちをひと目見ん…」の□に,選択肢の中から「花」を選んだ。…どうやらボクの解説テクニックは晶子や茂吉の和歌を扱うにはまだまだ遠く及ばぬようである。

落胆してその日帰宅すると山形の親しい知人から新聞や雑誌の切り抜きが封書で届いていた。文学女子の彼女は印象に残った記事や感動した番組などを切り抜いたりDVDに焼いたりして送ってくれる。その中に東京荻窪の「与謝野公園」を紹介した新聞記事があった。


興を覚えた。ウチからチャリ散歩には格好の距離である。こんな近くにゆかりの地があるとは知らずにいた。

かくして使わないので屋内に格納していたドレミの自転車に空気を入れて昼過ぎから出かけることにした。2月なのに4月中旬並みの気温となった日曜日のことである。



グーグルマップの自転車ナビが日本でも機能するようになった。それはつい最近のことである。去年の暮れにはまだ使えなかった。そのグーグルマップは井之頭通りを推奨したが,ボクは方南通りを選んだ。途中から善福寺川に沿って和田堀公園を通ってみようという作戦である。



和田堀の由来は鎌倉幕府御家人・和田義盛の居館があったことによるが遺跡や資料は残っていないらしい。地名だけがその歴史を伝える。



まこと都会とは思えぬ美しい水辺の道だが思いがけずいささか密である。陽気に誘われて近隣の住民がどっと散歩に繰り出してのこと,緊急事態宣言が続きコロナごもりを余儀なくされているから致し方ない。顔にフィットするマスクに換えて低いギアでそろそろと進む。



 サクラはもちろん,梅もまだちらほら咲く程度なのにショッキングピンクのハナモモだ盛大に咲いて人々の目を楽しませている。



公園は美しいが川はごらんの通りの殺風景。おそらく100年後の人々が見たら理解不能のセンスであろう。



妙な場所に巨大長尺レンズの砲列ができていた。X-E2しか持っていなかったが55-200があるので装着して覗いてみた。

「オオタカが送電線のてっぺんに来ているんですよ。」

と誰かが演説している声が聞こえた。



なるほど,帰宅後に画像をトリミングしてみると確かに猛禽の姿が写っている。…が,これを三脚に載せたゴーヨンやヨンニッパで撮影していた人たちとはよほどの好事家であろうと思われる。



善福寺川に架かる相生橋近くにも知人の文学女子がお住まいである。この稿をご覧になることは確実なので素通りしたと思われぬようアポなしで訪ねた。玄関先でのソーシャルディスタンス訪問である。緊急事態宣言下ゆえ,こんな楽しい行動にも気を遣うことは致し方ない。



環八を越えてすぐに目的地あり。

晶子は「君死にたまふことなかれ」で反戦のイメージが強いが,時流の中で軍国主義を賛美した作品も多い。才能のわりに後世の人気がない理由のひとつにもなろうか。だが,いつかボクがリタイアしてゆっくり源氏物語を読むときには彼女の訳と決めている。



南荻窪に与謝野鉄幹,晶子夫妻が移り住んだのは1924年のこと。関東大震災で被災したことによる。跡地は杉並区によって公園に整備された。



「妻をめとらば才たけて みめ美わしく情けある」とは 鉄幹の「人を恋うる歌」の冒頭。いささか現代では声高には歌いづらくなった。


才長けて美わしいという部分のインパクトに耳目を引かれるが,晶子の本質は情けであろう。鉄幹をスランプから救うため費用を工面してフランスに送り,自らも後を追って単身シベリア鉄道でパリに渡った。情熱の人である。



そして鉄幹を喪ったときは

「筆硯煙草を子等は棺に入る名のりがたかり我れを愛できと」

と詠んだ。夫が何よりも愛したのは私ですという悲嘆の絶唱である。



公園のベンチでおやつタイム。さてさてわが妻の「才」やら「みめ」はいかがなものか。チョコレートへの情熱だけは確かである。


帰り道はグーグルマップの言う通り井之頭通り経由で方南通りに入った。行きに通って気になった大きな神社に立ち寄るためだ。願をかけたいことがあった。実はこの日,中3の教え子たちは都立高校の入試日。帰宅したら急ぎ出勤して彼らを迎え一緒に採点する。朝から何度神頼みしたことだろう。


由緒はありそうだが八幡宮だった。それにどうやら安産と子育てが専門らしい。



途方にくれてふと境内の外れを見ると何と天満宮が併設されていた。



渾身の願掛け。お賽銭もフンパツして100円!!



八幡様付属の小さな天神様,その霊験あらたかなり。

ボクらの願いは届き,なんとこの日受験した全員が合格という快挙を久々に達成した。