OUR DAYS 2018年2018/8/21

帯状疱疹がますます悪化した水曜日がちょうどスズキさんの日だった。ふだんの月ならなおみは出勤前に税理事務所に寄って書類の授受をし,担当のスズキ女史とランチを共にするのが恒例だった。

「今日はあたしが車を運転して行くから書類だけ渡してランチは断らなきゃ。」

「ダメだ。いつものように地下鉄で行ってランチしてこい。車はいつものようにオレが運転してあとから行く。」

「でも目が…」

帯状疱疹の腫れで右目の視界が悪くなっていた。

「勘違いするなよ。スズキさんとの食事はシゴトだ!!」

わざとそういう言い方をしたが本心ではない。スズキさんはなおみと同年代で二人はとても仲が良い。なおみにとって唯一,働く女性仲間としての話し相手でもある。月に一度きりのその楽しみを奪いたくない。なおみもボクの言葉にこめられたそのへんの機微は分かっていて結局目のことを心配しながらも地下鉄で先に出かけて行った。

書類を交わし簡単な打ち合わせをして,なおみはスズキさんにフランケンワインをお土産に手渡した。すると私物のキャビネットから巨大なファイルを持って来て見せてくれたそうだ。彼女は数年前からワインの研究に凝っていてとうとうワイン検定を受けるまでになった。巨大ファイルはそのための自作ノードだった。フランケンワインのページにも印象的なボトルの写真とともに産地やぶどうの品種などがぎっしりまとまっていた。「辛口にこだわる。白が81%」というスズキさんの手書きの書き込みもあった。

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二人のランチはオシャレなイタリアンやフレンチばかりというわけではない。スズキさんが下調べしておいてくれる店には牛かつや海鮮丼などサラリーマン御用達の店もあってそれがまたなおみには新鮮なのだ。この日も三元豚のタジン鍋を囲んだらしい。そしてワイン検定試験がいつなのか聞いた。

「それがあした仕事が終わってからなんですよぉー」

少し鼻にかかった甘いしゃべり方だがそれがとても似合うほどかわいらしい顔をしている。大きな目をぱっちりと開けて真っ直ぐ相手の目を見て話す。

「今回はもうムリですぅー。勉強する時間がなかった。」

容姿とはうらはらに彼女の仕事の能力は信じられないほど高く誠意は深い。頭もキレる。ボクは行政書士を通してスズキさんを紹介され数回会っただけで彼女に会社の税務を依頼した。それまで惰性で20年来見てもらった税理士さんは自分で断った。その彼女が担当するクライアントには6月〆の8月申告という会社が多いため,この8月末は毎日終電まで残業する忙しさなのである。そのさなかにとりあえずテストを受けに行くだけでもたいした根性である。

翌木曜日。ボクの瞼はますます腫れ上がり,ついには右目が開かないほどになった。出勤は行きだけでなく帰りもなおみの運転になった。だからスズキさんからのLINEは帰宅してから受信した。

「ドイツ・マイン川沿いにあるワイン地域は?という問題が出ましたよー。迷わずフランケンって答えました。でも今年はダメだと思います。来年がんばります。仕事が終わらず,試験後に会社に戻って今仕事してます。」

彼女がいなければ我が社(笑)も我が家もたちゆかない。ムリをして体を壊さないよう祈るばかりである。

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