OUR DAYS 2020年2020/4/19

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昨夕,マロンが旅立ちました。

生前かわいがってくださったみなさまに心より感謝申し上げます。

母と原村に移ってしばらくしてから元気がなくなっていました。

15日の未明に転んで顔を打ってしまってから餌を食べなくなり18日17時半に息を引き取りました。

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当然昨夜のうちに原村に行こうとしましたが,全国的に移動自粛中の現状に鑑み断念しました。

現実問題としてもボクたちが感染していないという保証はなく行けば母にとってリスクになります。

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葬儀には近所の方々が総出で駆けつけてくださいました。

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母が火葬を嫌がったので栗の木の下に埋葬することになりました。

 

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小さな祭壇も作っていただきました。ありがとうございます。

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マロンを喪った母が心配ではありますがたぶん大丈夫だと思います。

実はマロンが死んだのはもう5度目なのです。

昨秋,同じように母から報せがあり原村へ行こうとしたことがあります。

母は駆け付けたパンさんの奥さんと抱き合ってわあわあ泣きました。

そのときです。

「マロン,息してる。」

とパンさんの奥さん。

転んで動けなくなっていたのを母が早とちりしたのです。

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暮れの東京に引き上げる前日にも,また母からマロン危篤の連絡が入りました。

看取ってから東京に帰りたいとのことでしたがマロンはV字回復し無事に帰京しました。

さらにこの冬,東京でも留守番しているときに母を慕って玄関の上がり框から落ちました。

帰宅して蹲っているところを発見した母はパニックになりました。

動物病院で診断を受けましたがマロンは元気になりました。

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そして3日前に転んだときもです。ご近所みな集まってくださりました。

マロンには花が手向けられふくろうさんのご主人は栗の木の下に穴を掘ってくださいました。

今日埋葬された墓穴は4日前に掘られたものだったのです。

このときもマロンが生きているのを発見したのはパンさんの奥さんでした。

泣きじゃくる母からの電話の後ろでリアルタイムのできごとでした。

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そして昨日。今度は餌を食べなくなったので母も含めみんな覚悟ができていました。

母からのLINEも冷静でした。

もう荷造りしていたボクたちにコロナのことがあるから来るなと言ったのも母です。

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マロンの足が不自由になってから,母の言う老々介護はいっぱいいっぱいに来ていました。

そのプレッシャーの中だったので母が何度も間違えたのは仕方ないと思います。

4度も大泣きした5度目なので母のショックもさすがに少ないようです。

思えばマロンはなんとも飼い主孝行でした。

そんなわけで母はこれから寂しさが募るとは思いますが心の方は大丈夫だと思います。

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ばいばい,マロン。

虹の橋のたもとにはマロンの苦手なタローが待っているよ。

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↑0才の頃 夢中でボールを追ったこともある。

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↑結婚相手,矢切の桃次郎

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4つ子出産 オレンジの首輪がレモン(モモ)

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↑里親募集

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夢春姫っていう名前だったんだ(笑)


幸せの絶頂期(笑)↓

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北海道に行ったタローもモモもマロンもいなくなってしまいました。

ところでみなさん,タローたちはまだ虹の橋は渡っていません。

たもとで待っていてそれぞれの飼い主と一緒に渡るのだそうです。

初めての方は拙訳でどうぞ。おふくろもね。

虹の橋(作者不詳:シュウ訳)

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