OUR DAYS 2022年2022/03/13

伯父が亡くなって10数年,伯母は卒寿を迎えたが長男の嫁と決定的に仲が悪いために伯父の遺した家での独り暮らしをやめるつもりはない。定期的に長男が様子を見に来る他には訪ねる人もないのだろう,近くに行ったときにボクたちが僅かな時間顔を出すだけでもとても喜んでくれる。

先日も久しぶりで訪ね,仏壇に線香をあげた。90才になっても伯母はやはり美貌である。
「シュウちゃんに見せたいものがあるんだけど…。」
と言って,主のいなくなったままの伯父の部屋から一枚の絵を持って来た。


それは富士見の風景を描いたボクの油彩画だった。すぐに思い出した。20年近く前のことである。風景画を教えるときはボクも横で一緒に写生をしていた。水彩のときは伯父より早く完成するが,油彩のときはテレピンでざっと色を置くのが精一杯である。帰宅した後,調合オイルを使って仕上げる。

伯父はこの日,よほどこの絵を気に入ったらしく,どうしても欲しいと所望した。未完成だと説明したが「これでいい」と伯父は言う。ボクは言われるままに現場で上げたのだろう,それっきりこの絵のことを忘れてしまった。伯母によると,絵を持ちかえった伯父は一週間かけて額縁を自作し,それからずっと壁に飾ってくれていたそうだ。

ワニスもかけていないので表面はずいぶんと劣化が激しい。ボクは絵を預かって手入れすることにした。


額の裏側はキャンバスが釘で固定されていた。さしてDIYが得意ではなかった伯父である。ボクは慎重に釘を抜き,絵を画架に置いた。


20年ぶりに「富士見の秋」を仕上げることにした。


今日はここまで。富士見の風景ならば,そらで描ける。どうも近景のコスモスだけでは要素に欠ける。稲刈りの人でも描き加えようか,それともいっそ写生する伯父を描きこもうか。このままコスモスと田んぼだけで仕上げてくれと伯父が言っている気もする。

この絵を仕上げても,伯父の部屋に架ければ,もうそれから後はときどき掃除に入る伯母以外には誰の目にも触れることはないだろう。そしてたぶんその日が来れば,ボクが額縁ごと処分することになろう。それでいい。ボクはようやく画業とは何か分かってきたように思う。

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