OUR DAYS 2022年2022/04/22

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ボクのYAMAHA L-6というギターは確か2003年頃にオークションサイトで購入した。4万5千円くらいだったと思う。以来,20年近く愛用してきたが,ここに来てバンドを組むこととなり,少々ステージが上がった。ボクとしては4万5千円が相応でいいかなと思っていたが,リーダーが遠回しにプレッシャーをかけてくるのである。

曰く

「1弦からシタールのような音がする。」

勉強不足のため,ボクはシタールの音というのを認識して聞いたことがない。…が,どうやら技術の未熟さとは別に楽器の音が合奏の障害になっていることは推察できる。自分で弾き語る分にはいいが,バンドの音質に迷惑をかけることはできない。しかも,今練習中のイリタマゴオリジナル曲は,冒頭に6小節もボクがソロでアコースティックギターを鳴らす編曲である。

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と、言うわけで予算10万円で中古のギターを買うことを決めた。この予算は最近買ったシグマのレンズとなおみが新調したバイオリンケースの値段の微妙なバランスから立てられたものだ。10万円と言ったのに,なおみがボクのお財布に入れた現金は12万円だった。

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当然ながら実際に選ぶのはボクではない。さっそうと前を行く…わがバンドのリーダーその人である。このために藤沢からはるばる出てきてくれた。ボクの力量も予算の算出された経緯もすべてわかっている適任者だから仕方ない。現状,歩行能力に限界があるので,店は大手3軒を順に回って見つかり次第ということになった。

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まずはここK楽器。応対に出た店員に予算と目的を告げると

「それでは選びようがない。コンセプトが分からない。方向性とか目指すアーティストとか言ってもらわないと。」

と薄笑いを浮かべながら応えた。

ああ,そうですかと,ボクはここで店を出そうになったが,リーダーは我慢強い。

「昭和のサウンドで吉田拓郎です。」

と,丁寧に答えた。さすがに年の功かボクより人間ができている。店員は「得たり」という表情でギブソンのお買い得品を棚から下ろしてチューニングを始めた。その間に奥で店長らしき人がたいへんなテクニックで「落陽」を演奏し始める。やがて今度はチューニングが終わった店員が物凄い勢いで件のお買い得ギブソンをかき鳴らし始めた。

「よく鳴るでしょう。」

そうですねと,今度こそ店を出ようと思ったが,リーダーはあさっての方を見ている。

「そっちのヤイリを聞かせてもらえますか。」

彼は予算から考えて中古のヤイリに狙いを絞っているようだ。またも「落陽」が流れ,チューニングを終えたヤイリを店員が物凄い勢いでかき鳴らす。リーダーが弾いてみると,そのヤイリは少し反りが大きくてダメだったらしい。

「すみません。他の店も歩いて来たいんですけど。」

「あ,それは私たちがダメだとは言えないのですが…」

店員は当たり前のことにもったいをつけて言った。

「…他の店でギブソンの価格を教えないで頂けますか?」

つまり,それほどお買い得だということなのだろう。店としては売れないギブソンの在庫を処分したかったところに,ひどいド素人がふらりと来て吉田拓郎と言った。拓郎の初期の愛機はギブソンJ-45である。鴨がネギを背負って見えただろう。残念ながら鴨にはお目付け役がいた。

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続いてS楽器は徒歩3秒,となりのビルだった。中古のギター売り場は2階の小さなスペースである。同じく予算と目的を伝えると,寡黙な店員は数秒考えた後,これかこれですと壁にかかった二つのヤイリを指差した。リーダーと意見が一致している。店員はそれを壁から下ろしてチューニングし,

「どうぞ」

と言ってボクに手渡した。

二本のヤイリはどちらも予算オーバーだったが,ボクはもうこの2機のうちどちらかを買うことに決めていた。コードをいくつか押さえて鳴らすと驚くほど力強い音がした。リーダーも試し弾きしながら店員にギターの素性を尋ねる。店員は聞かれたことだけに訥々と答える。ボクはこれからギターを取り出すたびにこの部屋のこの雰囲気を思い出すだろう。

二台は一長一短だったが,一回り小さくて軽い方を選んだ。

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「あんまり小さくて,ボクが持つとウクレレに見えませんかね。」

と言うと,寡黙な店員は初めて笑った。

「いえ,そんなことはありません。お似合いです。」

さすがに客商売としてはこのジョークに反応しないわけにはいかなかったのだろう。

K楽器のギブソンにしてもこのヤイリにしても予算オーバーは致し方ないところがある。ちょうど中古も新品も10万円という価格帯がほぼない。YAMAHAの中古を中心に4~5万円前後はあるが,あとは15万円から20万円付近の品数が豊富だった。購入したヤイリは12万円ちょっとだったが純正のハードケースが付いていた。

「シュウさん,なおみちゃんに電話して了解取らなくていいんですか。」

と,リーダーが盛んに心配する。そう言うリーダーこそ,奥さんに全く相談しないままこれまでに20本を超えるギターを買っている。もちろん全部所有しているわけではないが,売るときは10分の一くらいの値段になっているそうだ。

「さすがにあんまり高かったときは店から電話しましたよ。買ったあとでですけどね。」

ボクは以前にもこの話を聞いて知っていた。だが高いとはどれくらいの金額だろうと店員が興味を持ったようだったのでリーダーは言葉を継いだ。

「MartinのD-45 です。」

店員が驚いて,磨いていたボクのヤイリを取り落としそうになった。

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それぞれいろいろなキャラクターの店員がいるだろうから一概に店の応対として比べることはできない。だが今日の店員がもし逆だったら,今頃ボクはお買い得ギブソンのオーナーだっただろう。ボクの力量では楽器の細かい質は問題ではない。大事なのは買ったときの気分である。

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神保町まで下ってお昼を食べてから地下鉄で職場に向かった。なおみに一部始終を話すと,

「自転車のときと同じだね。」

と言って笑った。

一昨年,クロスバイクを買おうとした際,ママチャリしか乗ったことがないと言うボクたちをどの店の店員も冷笑で迎えた。ただ八幡山の中古自転車屋の店長だけがボクらの話をじっと聞いて相談に乗ってくれた。ボクは現物がないのにその店長から自転車を買うことを決め,2か月近く入荷の連絡を待ったのだった。

カレー屋さんで別れたリーダーは自分のギターを物色しに御茶ノ水に戻って行った。そして長考の末,奥さんに連絡しないまま38万円のフェンダーを買った。23本目だそうだ。しかもレリックと言ってわざと錆びさせて古く見せる加工が施されている。つまり見た目はボロボロというボクには全く理解不能のエレキギターである。

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