前夜,起床7時半,朝食8時と豪語して寝た。泥のように寝て,目が覚めたら8時だった。二人とも飛び起きて…と言いたいところだが,飛び起きたのはなおみだけで,ボクはダウンから立ち上がるときのボクサーのようにスローにしか足腰が立たない。
もう一人,年寄りのはずなのに車から出してもらって小躍りジャンプしているヤツがいる。
お向かいの空き地にて小用。
はいしどうどう。
優しい人はすぐわかる。
すりすり。そうかそうかよしよし。
ひゃー!!
やりすぎやりすぎ。
ママと散歩。
ふりかけ発祥の地が熊本だということはあまり知られていない。
朝食もごちそうになってさあ出発!!
今日はキクオちゃんがブレイドを運転して案内してくれる。
どわー!!タロー,ノー!前行っちゃダメ!!
まずは伯母のお墓参りをリクエスト。シュウちゃん,なおちゃんとかわいがってくれた声が聞こえる。
「地震は揺れてこわかったよ。」
一つ上の墓地は石がほとんど倒れて,まだ復旧できていないものが多い。伯母の眠る段は幸い地盤が強かったのか被害は少ない。それでも墓石がずれて二人がかりで直したそうだ。
墓地の前で車から降りたとき,なおみがスマホを落とした。それに気づいたのは1時間くらい後のこと。車はもう市内を抜けるところを走っていたがたちまち大騒ぎになった。
スマホを拾って連絡してくれたのはこの春,熊大に合格し,まさにこの日福岡から引っ越してきたばかりの若者だった。着信履歴から電話をかけて連絡し,それを受けた義従姉が車で駆けつけるまで待っていてくれて名前も告げずに去った。
「まだ,大学もバイトも始まってなくてボクはヒマですからお気遣いなく。」
熊大に受かるほどの若者とはどういう子なのかよくわかった。慌てた義従姉がお礼に渡したのは最近流行りの福岡銘菓「通りもん」熊本の人に熊本で福岡のお菓子をもらって,にっこりと嬉しそうに受け取ったというオチまでついている。
写真の左奥,菜の花の咲く道の先にあるのが益城町の市街地である。益城の町は倒壊した民家のほとんどが更地になり被害は目立たなくなっていたが,気を付けていると,祭壇があったり,地面に花が供えられていたりする光景に出会う。復興はまだ端緒,そして心の傷は癒えるばかりか悲しみを増すばかりに違いない。ボクは報道カメラマンではないので,町でカメラは出さなかった。
ボクが被災地に来たのは地震でずれた断層を見たかったからだ。被害の大きかった市街地以外でも断層を見ることはできる。地元の人に迷惑をかけずに見学できる場所をきくおちゃんが下見しておいてくれた。
きくおちゃんはずっと高校の地学の先生をしていて,とりわけ阿蘇の地質には詳しい。阿蘇に遊びに行くたび,その地形の成り立ちを彼から話してもらうのは訪ねるたびのボクたちの楽しみでもあった。
農地の中に本震を引き起こした布田川断層がざっくりと爪痕を残していた。田起こしの時期に入り,急ピッチで段差を均す工事が進んでいる。
益城から南西へ八代から長島に達する日奈久断層が前震を引き起こしている。また,布田川断層,とりわけその東端布田川区間は従来考えられていたより,ずっと長く南阿蘇村までつながっていることが今回ほぼ明らかになった。次はその南阿蘇村に連れて行ってもらう。
途中で寄り道をリクエスト。
ツイッターとは面白いもので,熊本空港をホームグラウンドに素敵な写真を撮る人と知り合いになった。
やっほー♪今,来ていまーす。
とDMのやり取りも楽しい。
一眼を持った人がいるので聞いてみると,ちょうどANA機の着陸時刻だった。
「あ。あそこ!」
なおみが旋回する機影を見つけた。
来た来た!!
相変わらずバカっぽい二挺一眼が火を吹く(笑)
たかたかたかたかたかたか(連写音)
一度だけ,飛行機で熊本に来たことがある。伯母の葬儀のときだった。会社を移転したばかりでお金がなく,貯金箱を割ってようやく一人分の飛行機代を工面した。↓
南阿蘇に来ると震災の傷跡は著しい。道路は寸断され,仮設,新設の道路が目立つ。
南阿蘇鉄道長陽駅
国鉄高森線を引き継いだ南阿蘇鉄道も被災した。
4か月後に中松~高森間で運航が再開されたが,長陽駅を含む西側では復旧の目処が立っていない。
コブシが美しく咲いて,あの日から来なくなった列車を待っていた。
長陽には義従姉の姉が住んでいるが被害は少なかったそうだ。犠牲者は東海大の開校に伴って開発された新しい住宅地域に集中している。
長陽のように古くからある集落は言い伝えなどで,地震で特定された断層を避けて形成されていた可能性が高いときくおちゃんは考えている。
してみると,農地とは言え,益城の断層を跡形もなく均してしまう工事に素人としては疑問を禁じ得ない。
立野地区。土砂崩れによって崩落した阿蘇大橋の東詰めに案内してもらった。土砂は正面に見える外輪山の斜面を下り,国道57号線を横から抉るように呑み込んで橋を襲った。
土砂崩れに巻き込まれた学生の車,倒壊したアパート,京大の火山研究所…犠牲者を出した被害はこの周辺に集中している。
谷を撮影に行ったボクの姿が見えないと,タローがたちまち心配してオロオロする。きくおちゃんに抱えられてボクを確認すると安心した。タローの老いは加速している。
高森に出た。きくおちゃんが長く勤めた高校があったところで,かつての自宅もこの近くだった。
阿蘇に遊びに来た回数を数えようとしたが,よくわからないほどだった。だからここにはボクたちの思い出もたくさんある。
春の阿蘇は野焼きで冴えない色をしているが,そのおかげで毎年美しい草原が維持されてきた。今年は震災被害のためか,野焼きできずに残っている地区も少なくない。
主峰のひとつに数えられていた根子岳は近年,外輪山の一部であることがわかった。その成り立ちをきくおちゃんが丁寧に説明してくれる。なおみが熱心に聞いている。彼女は本当にこうした授業を受けるのが好きだ。
お昼はすでに前夜酔っ払っているときから,
「ぜひシュウちゃんたちを連れて行きたい。」
と,きくおちゃんが最近イチオシの地鶏の店。
実はその前夜。馬刺し,ポークの餃子,ビーフの煮物の三つ巴おもてなしを浴びて,もはや動物性タンパク質ギブアップ状態のボクとなおみ。だが,きくおちゃんの笑顔を見ていると,とても
「田楽がいい」
と言える状況にはない。そもそも船場から阿蘇まで,さんざん付き合ってもらってのこと。ここはきくおちゃん推しの地鶏一択である。
馬,豚,牛ときて,鳥だけ空白だという見方もある…ないない(笑)
き,来た(;^_^A
ひょえー!!びっぐでぃーる!!
これ,ホントに3人前?
濃い!!肉の風味が濃い!
そして,歯ごたえも濃い!…端的に言えば固い。最初の一切れを何とか呑み込めるまで咀嚼したところであっさりこめかみが逝った。以降,2日間痛くて食事に困った(笑)
淡々と焼いちゃう食べちゃうきくおちゃん。
見ればお隣の炉のヤンママふたりも幼い女の子まで,豪快に食いちぎり,しゃくしゃくと噛んでいる。
肥後人!もっこすと言うが,強いのは意志ばかりではない。顎の強さも尋常ではない。
もっこさない軟弱者向けにハサミが配られている。ブロイラーしか食べたことのない東京もんはこれで一口ならぬ一呑みサイズまで切り分けていただく。
おお(;^_^A
ありがたや。さすがに卵は柔らかい。
それにしても味も色も匂いもすばらしい!!
車で留守番していたタローにはタレを漱がせてもらった肉をお土産。
さすがにその牙で噛み砕くか…。
…噛まずに呑んでる(笑)やっぱり町場の犬である。
内牧温泉に走った地割れの路頭に来た。
私道であるためか復旧工事は進んでいない。
断層のズレは畑を突っ切って,クリークの向こう岸を這い上がり,娯楽施設の駐車場を引き裂いている。
グーグルマップでは現在もこの道は平坦な道路である。
南側が落ちて,1.5mを超える段差ができている。
50mほど南では逆に北側が落ちている。
帯のように2本の断層に挟まれた土地が陥没していることになる。
「九州には常に南北に引かれる力が働いているとよ。」
遥かに続く断層を眺めながらきくおちゃんが言った。
「だけん,この動きが続けば50万年後には割れて二つの島に分かれているだろうね。」
まるであしたの天気を話すようにポツリと言った。彼の目にはときに50万年後の地球の姿が見えている。
57号線が阿蘇大橋のある…あった立野で不通になっているために,熊本市内に戻るには北に大きく迂回してミルクロードを行かねばならない。なおみの携帯事件もあって,帰着予定は大幅に遅れた。二人と一匹はお暇乞いもそこそこにきくおちゃんの家を出発し,予定のないいつもの放浪の旅が始まった。
夕日の見える海へと向かう。
…はずだった。が,南へ向かう九州道は復旧工事で車線規制中の大渋滞。
八代海に突き出した御立岬に着いたときはすっかり日が暮れていたが全くノープロブレム。
なあに,20秒も開ければ空は撮れるさ。
半ばあきれながらなおみは黙って車の中を掃除し,ラックから寝袋やカーテンを下ろしていた。「フツウ」の旅人ならとっくにひとっ風呂浴びて夕食の膳に就く頃である。その時間に喜々として夕照を撮っている。まして大型犬連れである。これから泊まれる宿を探すなどは考えるだけ無駄である。幸い岬には立ち寄り湯の大きな施設があるし,近くに車泊しても周辺の迷惑にならなそうな道の駅もあった。
御立岬温泉センターのお湯は塩辛く,真水をボイラーで沸かしているはずのガランやシャワーからは給水制限かと見まがうほどちょろちょろとしかお湯が出ない。が,その程度の障害はボクらの旅では想定内である。
夕飯どうする?
「あたしデコポンアイス」
そうか,オレはコンビニのおにぎり1個にしようっと。
そう(笑)昼の地鶏の前に夕べの馬刺しすら,まだ消化されずにおなかにある。
夜釣りやアウトドアで使う強力ヘッドライトを使て早くも読書体制に入っているなおみ。文庫本とチョコがあれば退屈することはない。
すまんが,もう一度着替えて外に出て来てくれ。
「えー!?」
三日月が海に傾いて,町のコンクリート製シンボルタワーも,ほら…まるでお城みたいに見えるだろ?
「そっかなぁ。」