村民となる
- 2023/05/30 18:55
雨が上がっていたのでウォーキングに出た。オリヅルランの坂まで来るとザーと降って来た。
…と思ったら空からではなく木から降っていた。
スマホのアプリによるとコースはだいたい3.5~3.7km。なおみはさらに500mくらい長い。
パナソニックのパン焼き機でなおみが焼いた食パン。
午後から役場に転入手続きに行った。
二人とも東京に生まれ育ち初めての引っ越し。
今日から村民。んー,だいたい守れそうである。
Our days
ユーザー「fukin」の検索結果は以下のとおりです。
雨が上がっていたのでウォーキングに出た。オリヅルランの坂まで来るとザーと降って来た。
…と思ったら空からではなく木から降っていた。
スマホのアプリによるとコースはだいたい3.5~3.7km。なおみはさらに500mくらい長い。
パナソニックのパン焼き機でなおみが焼いた食パン。
午後から役場に転入手続きに行った。
二人とも東京に生まれ育ち初めての引っ越し。
今日から村民。んー,だいたい守れそうである。
見慣れないクルマがあるが,今日はライフの洗車日だ。
母のライフは手入れが悪くて屋根がハゲチョロになってしまっている。この車は処分するつもりだったが乗ってみると村では使い勝手がとてもいい。現在生活のほとんどはライフを使っている。そうなると屋根を何とかしなければなるまい。
洗車のあとブルーベリーの手入れをした。枯れた枝を全部払って,絡みついた雑草を除いた。昼までかかった。
その間になおみはずっと草刈り機をしていた。
「ねえ,もう荒れた庭の感じじゃなくなってきたでしょ。」
午後は母もいっしょに岡谷のカノラホールという劇場まで地元のアマチュア楽団の演奏会を聴きに行った。
いろいろビミョウではあるが,楽団に入ることはずいぶん前からのなおみの希望であった。楽団の中で演奏は一人で弾くよりずっと楽しいとのこと。おそらくこの楽団の門をたたくことになりそうである。
三島の親友Cさん宅に着いた。
インターネットで知り合ってかれこれ20数年になるC氏は大型機械を設計,製造する工場を経営している。速いクルマが趣味でNA,NB(ロードスター),DC2(インテグラタイプR),F20C(S2000)のオーナーである。もうひとつの趣味がエギング。エギと呼ばれる疑似餌を使ったテクニカルで華麗な釣りで狙う獲物はずばりイカの王様アオリイカである。
通過ポイントを丁寧にナビに入力し,なおみと母を先に帰す。ボクはエギングに挑戦である。
18時40分,沼津千本浜着。西の空が美しく夕焼けている。慌てて荷物からX-S10を取り出す。
C氏は…と,顧みれば。ひたすら準備に余念がない。空の色には関心がない。好事家とはこうしたものである。しかもC氏の場合,ウルトラ潔癖症的性格が輪をかける。浜から上がって来たときを想定して,潮を浴びた手で触らないよう各種の袋の口を開け,水のタンクを下ろしやすいように並べる。
19時,浜へ出る。
「暫くは釣りになりません。」
と,C氏。向かい風が4m近くもある。波打ち際の風はまた一段と強い。エギが飛ばない。海は荒れている。それでもC氏は軽く40メートルほどは飛ばしているだろうか。ボクは思い切り振っても,目の前の波にボチャ!とエギの落ちる音がするので,あきらめて風が止むのを待つことにした。
ボクも自分でイカを上げられると思って浜に来ているわけではない。従業員の生活を抱えた工場の経営は心身ともに擦り切れるような苦労がある。C氏がいちばんの癒しの時間を駄話など共にして過ごすことが友だちのできる精一杯のことなのだ。
三日月から3日ほどの月明かりが思ったより明るい。強風に煽られて波しぶきが絶え間なく降り注ぐ。深夜の波打ち際でしぶきを浴びながら月を見上げるという機会は一般的にはあまりない。レアな体験である。
波は荒いが予報通り風が弱くなってきた。
「シュウさん,そろそろ釣りになるかもしれません。」
と,C氏が言った直後だった。
「来た!シュウさん!ギャフ取ってください。オオモノっす!!」
ギャフとはなんだろうか。
「その赤いのです。」
手渡した50cmほどの棒を彼が振ると3,4mほどにも伸びた。先に銛の先のような鉤がたくさんついている。砕ける波の間からその鉤に引っ掛けられてキラキラ光ながらアオリが上がって来た。
飲みかけのコーヒーに並ぶと大きさがよく分かる。
帰宅してから量ると1.6kgだった。
風が止んだのでそれから暫く,ボクも竿を振って過ごしたがこの夜のアタリはあの大物一杯だけだった。中天にあった月が西に傾き沈もうとしていた。
撤収。道具の片付けに30分以上はかける。あらゆる道具の潮を落とすためにボトルから蛇口付きのタンクに水を移す。その水が風呂の湯ほどに温かい。してみると,出かけるときにはほぼ熱湯だったことになる。
「冷める時間を計算してちょうどいい温度に沸かして持ってきてるっす。」
長靴の裏の溝に溜まった砂を指で掻きながら事もなげに言う。
25時に帰宅すると夫人のMちゃんがご飯を用意してくれていた。分厚いとんかつと肉巻きアスパラだった。
5月27日
明けて翌日早くからC氏はNBの洗車を始めた。
「ねえ,シュウさん。NBもらってくれない?」
Mちゃんがそう切り出したのは1年半前に遊びに来た時,長岡の温泉饅頭屋さんの駐車場でのことだった。夫婦でずいぶんと考えた末の決断だろう。なおみは一度も反対しなかったがボクはずいぶんと考えた。原村に引っ越せば駐車スペースこそあるがボクには旧車をメンテナンスするだけの技術がない。それにいくらなんでも「もらう」というわけにもいかない。会社を整理して引っ越すのに費用がかなりかかることも予想される。ぎりぎり…
「大事なクルマに申し訳ないけど今は30万円しか出せません。」
後日現金を持って訪ねた。30万円は受け取ってもらえなかったが,NBをもらうことは決まった。彼のコレクションの中でもとりわけNBは状態がよく,素人のボクでも少しずつ頑張れば維持していけるだろう。
いよいよ引っ越しも終わって,約束通りこの日がNBの受け渡し日だった。
午後,みんなに見送られてボクはNBで三島を後にした。大人しくそっと帰ろうと思っていたが,胸のすくようなエキゾースト音を聞いているうちに高速を走るのはもったいなくなって,籠坂峠,御坂峠と走って甲府に出た。中央道も使わずに20号で諏訪に上った。
こうして真っ白で全身ガチガチに固められたNBはウチの子になった。
維持には手間も費用もかかりそうだが三島からのドライブですっかりこの子の走りの虜になった。
1.6kgのアオリイカはなおみがさばいた。
ザ!イカ!
刺身に沖漬け,焼きイカ,天ぷらとその後3人で食べても3日間の晩餐となった。
教室を閉じてからボクらの朝は劇的に変わった。以前は8時が起床時間だったので,宿に泊まると朝食の時間に起きるのがタイヘンだった。
ところがここのところ5時半には目が覚める。
母を連れて散歩に出てから,朝湯に浸かってもまだ朝食の時間には間があった。
来週には転居の手続きに入るので,実質これが最後の渋谷区民としてのラストとなる。
河津を出てさらに下田方面に南下する。タローを喪った年の秋に来て以来の白浜。まだ胸が苦しくなる。なおみはあっさり泣いている。
満開に咲いている花を母が一輪摘み,その花で子どもの頃にお友だちといつも楽しんだという人形を作って見せた。こういうときは全くの健常者である。
歩かなくて済む観光地を考え抜いて,伊豆の突端石廊崎まで来た。だが,海と灯台が見える場所までたった100mほど歩かせるのが一苦労である。なおみが何度も何度も励ましてようやく歩かせ,またビジターセンターまで支えながら送って戻った。世の中によくできたヨメは大勢いるだろうが,ウチのヨメもかなりよくできたランキングで上位にはいるだろう。
再び灯台に戻って束の間,ふたりで観光タイム。
岬の突端にある神社まで,ちょうど幼稚園児の団体といっしょになり,その様子に癒された。
引率の先生たちはホントにタイヘンだ。だが大人がふうふうと苦労する坂道もちびっ子たちは全く平気である。神社のお参りにはもちろん興味がない。たぶん彼らの記憶には残るまい。
ビジターセンターに戻り,三人でひとつのオーシャンソフトを食べた。写真は「元オーシャンソフト」である。あまりにも喉が渇いて食べる前に写真を撮り忘れた。
さてクイズ。これは何の図かお分かりだろうか。手に持っているのはゴディバの保冷バッグである。正解は「暑い車内で溶けないよう日陰の草むらに隠していたチョコレートを回収したところ」。前日アウトレットでお買い得だった高級チョコ。
下田から山中414号を使って再び河津七滝に戻ったのは他でもない。こちらの山葵丼をお昼に頂くためだ。
「ごろ~♪」
最近,我が家ではアマプラの「孤独のグルメ」がブームになっている。時間は短く,複雑なストーリーを理解しなくても楽しめ,日本語字幕がついている。夕食のときなど母と一緒に見るのに好都合だからである。
「かどや」の山葵丼はその番組に登場した。だが見たのはついふた月ほど前なのに残念ながら母は覚えていない。さらになおみが動画サイトで予告編を見つけて予習させたが,やはり忘れてしまった。
放映の影響だろうか。人気店となっていて,お昼前に着いても名前を記入して20分ほども待った。
ここでも草むらにゴディバあり。
夕方に三島の友人宅を訪ねる約束なので,まだ時間がずいぶんとある。修善寺から達磨山を越えて戸田に下りることにした。
途中,名物の猪最中を初めて買った。
伊豆中央道の工事は目に見えて進んできている。三島から下田までことによると平日の所要時間は半減するかもしれない。だがそれでいったい誰が得をしているのだろう。長岡,修善寺,湯ヶ島と通過する沿線の観光地の衰退はより加速している。車の流れが変わって,沼津インターや三島の136号沿いにかつてはずらりと軒を連ねていたお土産屋さんも姿を消した。有料道路が通っても休日の渋滞は変わらない。目先の公共土木工事は一時的には地方自治体を潤すかもしれないが,観光業との共存はよく検討されていない印象が強い。月ヶ瀬まで到達した有料道路がさらに天城や河津を飛び越して下田と繋がる日も遠くない。国道沿いにある名物最中の老舗はどうなるだろう。
達磨山からの景観。
西伊豆に下るいくつかの道を通った回数はそれぞれ50回を超えている。それでもまだ新しい発見がある。霧香峠から戸田に向かう途中,「北山の棚田 棚田100選」との看板が目に留まった。あるいは看板はこれまでにも気づいていたかもしれない。寄ってみようと思ったのは初めてのこと。
こ,これか…。
「…」
棚田からみかん畑を100メートルほども上がった森の入り口に小さな無料駐車場がある。もちろん母は車に留守番している。急坂をえっちらおっちら登っているとみかん畑で作業していた人が,
「車はそこに停めたらいい。ワシの家だから遠慮はいらん。」
と,呼び止めてくれた。
優しい申し出,ありがたいことではあるが,できれば帰りではなく行きにそう教えてもらいたかった。
戸田に来たのもたぶん30回は軽く超えている。タローを連れて来たのも数回,外国人をあんないしたことも数回,思い出が重なって混乱するほどだ。
なおみを初めてドライブに誘ったときも戸田に来た。
杉林に身を隠したのを探していると,くくくくと笑いながら
「イマムラさん」
と,ぎごちなく声をかけて同じこの木陰から出てきたのは17才のときだった。
思い出に浸りながら当時から変わらない灯台でいつもと変わらない写真を撮っていると,
車で寝ていたはずの母が堤防の階段を登ってきたのには驚いた。
そろそろ時間になったので三島に向かうことにしよう。
旅行に出た。
中央道を甲府盆地に下りていくと曇りの予報に抗って富士が姿を見せた。
双葉のSAで富士山の写真。
あまりにも素だが,飾らないふつうの家族旅行らしいとも言える。
曇天,その上母は50歩以上歩きたがらない。行き先に窮してハンドルを握りながら「御殿場アウトレット」を提案してみると,なおみが大喜びで食いついた。考えてみれば引っ越していちばんタイヘンな思いをしているのはなおみである。彼女のストレス解消は最優先されるだろう。
なおみは降って湧いたような幸運に喜びを隠せない。
「制限時間1時間半?2時間?」
三人でレストランの食事を終えると宙を飛ぶようにモールに消えて行った。
彼女の愉しいお買い物タイムを確保するためには当然こういうことになる。ところがあらゆる場所の中でボクが最も苦手なのはアウトレットである。おそらく犬もアウトレットは苦手である。だからかつては制限時間いっぱい,タローとボクは駐車場の車の中で睡眠を貪ったものである。すなわち,ボクにとっては人生初のアウトレット歩きということになる。母の指示するままに11軒もの店を巡り,ついに「23区」という聞き覚えのあるブランドショップで七分袖のサマーセーターをゲットした。
「まで!オフクロ,もうムリだ。あとは車で休憩ね。」
「わかった。」
というわけで青息吐息駐車場に向かう道で猛然と店を巡っているなおみに遭遇。
「ねえ,チョコレートとワイン,持ってってくれない?残り時間でお洋服回るから。」
お安いご用である。車に戻り,母と荷物を収納したら,頭痛薬を口に放り込んでシートに沈んだ。
しばらくしてなおみが笑顔で戻ってきた。
「ありがとう。ちょっと時間が足りなかったけど満足した。」
よしよし根性を出した甲斐あって目的は果たした。
三島から伊豆中央道を南下して天城峠に入る。ボクたちは何度も来たが,母に見せようと車高の低い車で苦労しながら旧天城トンネルまで登った。
母は珍しそうにはしたが車から降りては来なかった。何にでも興味を抱き,ポジティブだったほんの2年前までとは別人になったと言っていい。
峠を下って河津の温泉街に入った。
目的地はここである。渋谷区の保養所がある。
生まれも育ちも渋谷で数十年も区民税を払ってきたが,ついぞこの施設を利用したことがなかった。
転出するにあたり,最後に行ってみようという話になったのである。
夕食は渋谷区が一流ホテルと契約していてちょっとした温泉旅館なみの味を提供する。お銚子を頼むと220円である。
泊り客はほとんどお年を召した渋谷区民なので,何となく似た者同士,上品な雰囲気で静かに晩餐タイムは過ぎる。
母は笑顔で宿の人と会話したりしているが,心から愉しんでる風でもない。そもそも耳が遠くて言葉は聞こえていない。けっこうタイヘンである。
5月22日
ウォーキングのとき,道路が紫色になっている場所で見上げると…
ヤマフジが今を盛りと咲いている。
5月23日
ストーブを点けた。ドレミは練習中。ボクはZoomで絵本の編集部と最終の会議があった。
5月24日
朝起きるとベランダの水が凍っていた。手がかじかんでぶるぶるとウォーキングに出る。
道路をキジのケンちゃんが渡っていた。道路が紫色になっている場所で見上げるとヤマフジが今を盛りと咲いている。
今日もゴミ捨てだったので北側のコース。
数日来,雲の中だった入笠山が顔を出した。今日からは晴れるようだ。
朝顔とゴーヤのネット
明日は母を連れて温泉にお出かけなので決起する(洗車する)ことにした。
おーい!決起するぞ。
「あ,あたしぃ,ちょっとダメ。手が離せないの。ゴーヤ植えてるから。」
黄色い花粉だろうか,黄砂なのか。車のところかまわずに積もっている。拭き上げの途中で雑巾を洗って戻るともう黄色くなっている。
おーい!自転車載せるぞ。
「あ,あたし,ちょっとダメ。プランターに土入れてるの。土を運ぶの手伝ってくれない?」
土の袋,重い。
小淵沢まで鉢巻道路を自転車で行ってみた。
標高差は200m,行きはよいよい帰りはコワい(;^_^A
行き先はここ。自家焙煎珈琲の店。明後日温泉の帰りにCさん宅に寄る。ここのコーヒー豆を喜んでくれる。
姉川はそこそこ,大津はぬるかったので,こんなにキツいサイクリングは久しぶりだった。
そんなわけで昼から藤見風呂。絵本の原稿のデジタル修正はまだ続いている。
5月19日
なおみが母の3日分の食事を用意した。
オーリスの屋根にルーフボックスを搭載する。
引っ越してちょうど1か月。東京での用が溜まった。
なおみはひたすら銀行回りしてから質問を抱えて税理事務所のSさんを訪ねる。
二人は夏に富士登山を計画していて,その打ち合わせも兼ねているらしい。
ボクもそれなりに忙しい(笑)
母に頼まれた買い物もある。
ようやく初日の用事が済んだ夕方,地下鉄に乗ってでかける。
目的地は新大久保のコリアンタウン。眼医者さんに自転車で通うときにいつも通っていたので「引っ越す前に行きたいね」と話していたのだができず仕舞いでいた。
ホントは何度か行ったYの家を予約しようとしたのだがいっぱいだった。少々若者向きの雰囲気だが新しい店にチャレンジしてみた。
やかんで生マッコリ。…これに惹かれて選んだ。
格安のコース料理を頼んだのだが,あっと言う間にテーブルが埋まった。これぞ韓流のおもてなしという感じ。
日本人のアルバイトらしきおねえさんが焼いてくれたサムギョプサル(豚の焼肉)
はい,これを見て完食はあきらめる。
オーナーらしき韓国人も30才前後の若さだったがYの家にもひけを取らない味だった。何より活気とサービスがいい。料理をたくさんの残した詫びを告げて店を出た。
それにしても日本とは思えない町の様子。ミョンドンのわき道でも歩いている気分である。
しかもテーブルで盛り上がっている客の9割方は若い日本女性である。世の中はボクたちの追いつけない速度で変わっている。
金曜の夜,人出はマックス。腰は確かに痛むのだが,この状態の町へ電車で出かけたことは10年以上ぶりである。
ウォーキング効果かもしれない。少し自信につながった。
5月20日
雨が上がって幡ヶ谷の庭の草取りを一気にした。しらべ荘に比べれば土は柔らかいし,何より狭い。小一時間でこの通り。
道具の手入れ。ボクは下水の消毒など。
お昼はスパイス。
定番のエッグ入りビーフチキン小盛とポーク小盛。
午後はなおみがひとりで掃除と片付けをした。しらべ荘に運ぶ荷物を積んだら,オーリスの荷室はもちろん,後部座席からルーフキャリアまでびっちり埋まった。
さすがに疲れたので,電車で出かけるのはやめて近所の沖縄料理屋で夕食にした。
泡盛の通は「コーヒーちょい足し」である。
にんじんシリシリ,島らっきょう,グルクンのから揚げ。
昨日雨の中,散髪にも行ってきた。ボクは天然パーマが激しいので短髪はきらいなのだが,なおみには逆らえない。
床屋さんもそのへんのところは承知でばっさりやってくれる。
ゴーヤチャンプル,タコライス,ソーキそば。
満足満足。
5月21日
町田の実家へ。ハイオクをぎちぎち給油する。何しろ東京の店頭表示料金が165円/Lのところ,原村は182円/Lである。なぜ長野県はガソリンが高いのだろう。
庭のクリスマスローズが干されていた。義母は昨日,ニューヨークから帰った。まずドライフラワーをしたのだろう。ニューヨーク経由ボリビア旅行である。義従弟(義母の甥っ子)のお嫁さんがボリビア人でその実家に招待されていた。義母としてはニューヨークで義伯母とゆっくり過ごす時間が欲しかったところだが,若い子たちが張り切って計画を立てたために,まるでツアー旅行のように大忙しで80才の義母には過酷だったようだ。それでも思ったより元気だった。明日から仕事に出ると言っている。
庭の雑草を一掃した。ほとんどがドクダミで軽く200本は摘んだと思う。ドクダミに恨まれているかもしれない。匂いが鼻について取れない。
義母のiPhoneをアップデートするために隣家の叔父宅でWiFiに接続させてもらう。この二頭はもうすっかりなついている。
庭仕事は午後から義弟夫婦も加わって一気にキレイになった。
5時過ぎに町田を出た。東京に帰るときはそんな時間には出られない。渋滞に巻き込まれるからだ。いつも7時半頃まで待ってそれでもまだ東京方面は渋滞する。
昔の職場近くなので抜け道も使って八王子インターに出ると1時間かからなかった。
中央道の上りはかわいそうなくらい渋滞している。
ボクらは8時過ぎにはしらべ荘に着いた。早い時間に出られるので渋谷に帰るより早い。
母はけっこうきちんと食事をしていた。頼んでおいたお友だちも代わる代わる訪ねてくれてそこそこ元気だった。
…そこそこではある。
8時,草取りスタート
手入れもしていないのに花が咲いている。
数年前まで夏の間母が手入れをしていたので,草の間にもあちらこちらに花が咲く。雑草と見分けるのが難しい。
花たちはほぼ野生化して雑草と競っている。
今朝のボクの仕事は水撒きと焼却炉の灰の整理,湿地帯に渡る木橋の整備。それらが終わったので水を撒いたブルーベリー園の様子を見に行った。
枯れたと思われた3本の木からひこばえがたくさん生えている。もしかしたら再生するかもしれない。とりあえずその回りの雑草を抜いた。日が高くなって気温が上がってきた。今日はここまで。
なおみは予定通り10時までがんばると聞かない。熱中症にならなきゃいいけど。
おーい!もうおしまい!カルピスソーダ作ったぞ。
しぶしぶ上がってきたが,カルピスを一気飲みして「あと10分!」と,また草刈りに戻って行った。
藤棚のノダフジが盛りとなってきた。10年以上手入れしていない。これも野生化している。しらべ荘の花たち強し。