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ユーザー「fukin」の検索結果は以下のとおりです。

早朝の奈良井宿

  • 2024/07/19 08:36

ピーマン2号

  • 2024/07/18 09:56

朝食の支度をしようとして野菜庫を開けるとピーマンが2袋もあった。思わず
「ピ~マン2号もわっすれっるな♪」
と歌い出し、その後はスラスラと正しい歌詞が口をついた。

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子どものとき年寄りはパーマンを歌わないものだと思っていた。自分も還暦を過ぎてパーマンを口ずさむとは想像だにしていなかった。

ハーブティー

  • 2024/07/17 17:35

紅い紫陽花

  • 2024/07/16 23:17

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蓼科高原音楽祭

  • 2024/07/15 20:33

1年ぶり。

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指揮者酒井敦氏が今年もアンコールのフィンランディアで聴衆に合唱を求めた。

青き空の色 深く 木立も 草もひかる 

我が祖国よ 若者よ 

他国の山もまた 同じ光に映えるを 

ともに願い歌え

(ロイド・ストーン作詞、関忠亮訳詞、ジャン・シベリウス作曲「フィンランディア讃歌」より)

 

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Last Stay in NYC

  • 2024/07/15 10:00

叔母を亡くして遠い町となったニューヨーク。昨秋は最後に気の向くまま思い出の場所を再訪した。

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セントラルパーク

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バッテリーパーク

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ブライアントパーク

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セントラルパーク モール

なおみが留学したのは30才のとき、以来数えてみたら7回目の訪問でした。この町にはボクたちの青春が埋まっています。
昨秋の街歩きをサイトのアルバムにまとめました。よかったらどうぞご覧ください。↓

アルバム「Last Stay in NYC」
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敦賀旅

  • 2024/07/14 11:28

その1前編

その2後編

面白いよ…と、思うよ(笑)

穫れたて

  • 2024/07/13 21:28

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今日の夕飯は義母の打った細うどんを固めに茹でて冷水でしめた。

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天ぷらはウチの万願寺唐辛子とウチのミツバとウチのズッキーニにビタちく、

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天才出汁の浮き身はウチのキュウリ、

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デザートはウチのブルーベリー(笑)

ミツバとズッキーニが特に旨かった。

5年と7か月

  • 2024/07/13 18:54

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アナベル、リナリアプルプレア、サンビタリア、セイヨウノコギリソウ、レースフラワー、タイマツソウ、オカトラノオ Arranged by シュウ
今日はタローの月命日。5年7か月、まだ心の穴ぼこは埋まりません。庭の花をボクが摘んで活けました。タロー、カム!!

東京行き

  • 2024/07/13 11:51

10日分

リーダーと愛先生に朝穫れのバジルとイタリアンパセリ、それにブルーベリーをお土産。たてしな農園でセロリも一株ずつ、ウケること間違いなし。…北の国からのゴローさんみたく田舎のおじさんになってきた(笑)

出がけに母のケアマネージャーが見えた。面談の約束があったのを忘れていた。これでは田舎のおじさんではなく田舎のじいさんである。

出るのが30分遅くなって最初の目的地、藤沢のリーダー宅には12時30分に着いた。

家事を一切やらなかった人だが、最近ようやく料理に目覚めた。ボクと同じ髪結いの亭主状態だからだ。

主夫をしてみると、これだけのことをなおみもリーダーの奥さんも働きながらこなしていたことは驚異に値することを知る。いろいろ著名人の「老い」の話になった。

「シュウさん、ワタシは残りの人生をギターの演奏にかけますよ。」

今更のようにまた決意表明している。揺れる年ごろはボクより数年の先輩である。やがて行く道、おそらくボクも何度か挫折しては決意表明することだろう。

ボクのヤイリのメンテナンスに入った。

拓郎のレコードをかける。なんとまあ心地よい時間。

弦の張り方を改めて教わった。次は自分で…やるかな(笑)

4時に辞去したが町田着は5時半を回ってしまった。義母は仕事を早退して3時から待っていてくれた。ちょっとの間でも片づけや庭仕事に余念がない。彼女を雇っているのは彼女の従兄で90才を超えているのに機械でビシバシそばを打つ。お得意の商店や蕎麦屋に下ろすために廃業できない。二人交代ででトラックを運転して、安曇野の農家までそば粉を買い付けに行く。今のところ衰え知らずの二人である。

ボクは義母のiPhoneやBDプレーヤーの不具合を直し、セッティングなどするだけでタイヘンに感謝される。これまでどうしてもお友だち追加できなかった親友とLINEをつないであげると天にも昇るような勢いで感激していた。

嵐の前のような天気でさほど気温が上がらない。

夜にはエアコンを切るほど涼しい風が立った。

義母の心づくし。誕生日にボクが選んで送った塩尻ワインを

「あんまりおいしいから一口飲んでもらいたかったのよ」

…とボトルの底に残してあった。婿殿はかなり好かれている。

ボクはこのババロアに目がない。容器の半分くらいをどっさり皿に盛って食べた。

11日分

窓を開けて熟睡したので朝の体調がいい。

頂き物のソーセージとパンがたくさんあって困っていたので、二人でホットドッグを作って朝食にした。

義母にはこのあとどこに行くか話していない。

稲木大橋を渡り、深大寺の裏を通って目白通りにアクセスする。たとえ軽でも高速代を節約している。

昨年暮れに余命半月を宣告されてから7か月、義父は奇跡的に永らえている。もうベッドから自力で起きることはできない。ヘルパーさんに起こしてもらって車椅子に移り、キッチンまで移動してタバコを吸う。それからサッポロ黒生を飲みながら、ケーキとティラミスを食べる。胃ろうは断ったが、流動食に近いスィーツがカロリーを満たし、命をつないでいる。なおみがブラスバンドを指揮する様子やボクのチェロの動画を見て我がことのようにヘルパーさんに自慢する。ヘルパーさんはよくできた人で、ボクたちのことにも詳しい。いろいろ聞かされているのだろう。そしていつものようになおみは幸せだ、結婚相手に恵まれたとボクをほめちぎる。

「そんなに褒めてもらっても何も持ってきてませんよ。」

と言うと、褒めてるんじゃないと強い口調で言う。

「感謝してるんだ」

最後にタバコをもう一服してベッドに運ばれる。日に一度か二度のこの時間以外はベッドに仰向けになっているだけの生活は「退屈だ」と言う。…が、ベッドでPCやスマホを扱えるようにしたいとは思わない。仕事はプログラマーだったのに今は遠くの家族とLINEする程度しかIT機器を使わない。

一度幡ヶ谷に行って、小一時間ほど仮眠してから早稲田に出かけた。

目医者さん。眼底出血の跡も白内障の手術跡も順調に回復しているらしい。諏訪で眼科を探すより上京したときを利用して診てもらった方が早い。何しろ、網膜剥離、眼底出血×2、白内障手術×2をここにかかっている(網膜剥離の手術だけは別の大きな病院で受けたが…)。別の眼科で病状を把握してもらうまでにはかなりの時間が要りそうだ。しかもここのまったりした雰囲気と先生の人柄が気に入っている。

かくれた名医

今は彼女の娘さんがボクの主治医である。名医先生は手のかからないコンタクトレンズや近眼の診察に回っている。若先生の話し方やしぐさが名医先生にそっくりである。

 

いったん帰宅し、チェロを練習してから夜、本郷に行った。

セロリもバジルも先生にオオウケした。イマドキはレッスンのときに何か持ってくる生徒さんは少ないのだろうか。コンサートのときなおみを指導してくれた先生のお母さんがときどきレッスンの合間を見てはドアを半分開けて覗く。

「〇〇くんは今日はお休みだって」

「△△ちゃんは合宿に行けるそうです」

…と、娘に報告する。こちらも世代交代して、実質愛先生が教室を運営しているようだ。こちらの大先生の人柄もたまらなくいい。

もちろんバイオリンはこのウデである↓

夜10時に帰宅した。東京の家には現在、彼女に振られてひとりになった甥っ子が暮らしている。彼とオリジン総菜と缶ビールで晩餐した。昔の教え子でもある。

12日分

開店を待って世界堂に行く。ここまでに鎮痛剤を3度、強壮剤を1本飲んでいる。少々疲れた。何よりこんなに「ひとり」で行動したことが30数年来ない。靖国通りから京葉道路市川経由、こちらも高速不使用で秋山の師匠宅にたどり着いた。

その苦労を知ってか知らずか相変わらず傲然としたこの態度(笑)

だが大きな転機が訪れている。ろくろと窯をすべて処分して作業場はがらんどうのこの状態である。つい去年まで超売れっ子の作家だったのに仕舞い方は潔い。ろくろや焼きの技術も一流だが、何より絵付けの柄の美しさで群を抜いていた。

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これが代名詞ともなっている糸抜き波状紋だが、新作はどんどん進化してきた。適当にブログから拝借するだけでも、

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このようなオシャレなデザインを次々と考案した。嫉妬するほどのセンスである。 

その才能は誠に惜しいが、陶芸家を辞めたのは体力だけの問題ではない。記憶力がほぼ認知症に近い状態なのである。それを正確に自覚している。おそらくその異変に誰よりも最も早く気づいていたのはボクだろう。人気の陶芸ブロガーでもあった師匠のIT技術をずっと支えてきた。もう15年ほど前から、PC画面のインターフェイスが変わるとそれに対応できなかった。対応できないというより、HDに保存する画像や動画とそれを編集閲覧するソフトの関係が理解できない。訪問するたびにPC内やソフト、ブログ投稿画面などを彼なりのニュートラル状態に戻し、毎回ボクが同じ手順の説明をする。師匠はそれを鉛筆でメモ帳に書き留める。

あんなに頭キレキレで、テレビ番組制作で活躍したり、大病院の事務長をしたりした人なのだから当初はただ「頑固」者なのだとばかり思っていた。だが、さすがに病的なものを疑うようになった。OSこそウインドウズ10だが、使っているソフトやファイルの扱い方はVISTAの頃と変わらない。すべてを「変えない」ように保つという特殊なサポートなのでボクにしかできなかった。その状態で長い間、人気ブロガーを続けてきたのだから驚く。

それがとうとうブログを投稿する手順すら覚えられなくなってしまった。陶芸だけでなくブログも仕舞うことになった。だから実はボクが今回の訪問ですべき仕事や作業は何もなかった。ただ、ブログに最後のご挨拶を書くための打ち合わせと写真撮りだけだった。

義父と同じくボクのチェロ動画に反応した。

「右手のボーイングがなっていない。」

…と相変わらず斟酌なしの毒舌で語る。少しずつ矯正プログラムを作ってくれているやさしい愛先生とは雲泥の差である。

「カザルスの伝説と言われるホワイトハウス演奏のCDを聞かせたい。」

そのCDをラックから見つけ出すのに二人で30分ほどもかかった。陶芸関係のCDの束からボクが発見した。

そしてこの演奏を聞かせてもらうのはもう3度目(一度はYouTube)である。

市川インターへの帰り道にタローが生まれた店の前を通る。毎回、ここを通るのもこれが最後になるかもしれないと思う。

ひとりで東京の用をこなした。リーダー、義母とその従兄、義父、眼科の名医、バイオリンの先生、そして師匠…それぞれの老い。ボクも今やるべきことをしないといけないと思う。

4時半に市川インターから首都高を使ったが、残念ながら4号線だけが渋滞していてもろに捕まってしまった。コンビニのパンをかじりながらひたすら走って夜の8時頃に帰宅した。

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