伯父の個展
- 2023/03/25 22:52
3月25日
義伯父はなおみの音楽の才をとても買っていた。可愛がっていた姪が大学在学中に男と駆け落ち同然に暮らし始めたことはかなりのショックだった。フィラデルフィア大学の教授でNYC在住の現代アートの作家である。なおみを攫った駆け落ち男…つまりボクの方も彼のプライドが鼻をついて好きになれなかった。ボクたちはことあるごとにぶつかった。それでも彼はボクを理解しようと努力はしていた。来日したときに忙しい日程を割いて,新井先生(ボクの大学の先生)の個展に行ったり,自分の個展にボクたちを誘ったりした。
ニューヨークでもボクを自転車でチェルシーのギャラリー巡りに連れて行ってくれた。
「全然,分かりません。」
ボクは彼の教え子のギャラリーに展示してあった4m四方もあるかと思われる幾何学模様の作品の前で彼にそう言った。彼はにっこり笑いながら,
「そうだろう。その分からないところが…いいんだよ。」
なるほど…とボクはその言葉に深く納得した。伯父の作品に対する評価も180度変わった。ボクにもアートというものが少し分かってきた。
2010年の夏,久々に日本で開かれた大きな個展に行くと,伯父の作風ががらっと変わっていた。
「広島の原爆をテーマにして描いている。これからもっと描こうと思っている。キミは反核の学生運動に参加していたそうだが今度話を聞かせてくれないか。」
結局その話は実現しなかった。個展を終えて帰国した彼は浴室の天井を塗装中に脚立から落ちて頭を打って帰らぬ人となった。
未だに彼の作品を評価する専門家は多い。今年も恵比寿のギャラリーで個展が開かれた。
駅で義母と待ち合わせた。ギャラリーには夫人,つまり義伯母が在廊していて歓迎してくれた。